GOLDEN AGE ~追跡屋TAG~

自作の連載小説をあげていきます。

007 いつもの昼食風景

「柊くん。ヒイラギヨクトくん、聞いてますか?」

 教師に名前を呼ばれ、窓の外から視線を戻すと、クラス中の注目が翼斗に集まっていた。
「はい、聞いてました」
「そう。じゃあ君はどうですか?」
「あ、はい。そうですね」
「よし、では今日のファシリテータは柊くんにやってもらいましょう」
 わっと歓声と笑い声があがる。

 ——しまった、役割決めか。

 今日は順番が回ってこないと油断していたが、いつの間にかレジュメ読みは終わっていて、議論の準備に移っていた。

 翼斗の通う高校では、入学当初から「専門コース」「リベラルコース」のどちらか自分が進みたいコースを選択し、それぞれ異なる教育プログラムを受けることになっている。
 翼斗は両親ともにバリバリの理系であるにもかかわらず、理系科目が苦手だったため、リベラルコース、つまり文系理系を問わず幅広く学習するコースを選択した。
 リベラルコースでは文系科目の比重が大きいが、そこでは知識習得だけでなく、テーマを決めてクラス内でディベートブレインストーミングを行うことが求められる。

 まさに、いまこの時のように。

「今日のテーマは、『①戦争を防ぐにはどうすればよかったか』、『②戦後復興を果たしたもっとも大きな要因は何だったか』、の二つです。それでは柊くん、あとはよろしくお願いします」
 教師はそう言ってにっこりと笑った。

 

「翼斗、災難だったなあ」

 昼食の時間、クラスメートの児玉玲二が話しかけてきた。
 児玉は一年生の時から同じクラスで、裏表のない性格のためか翼斗とも気が合った。放課後に一緒に遊ぶことも多い、数少ない気心の知れた友人の一人だ。

「適当にごまかそうとして墓穴掘ってたな」
「ずっと窓の外見てたもんね。何かと交信してたの?」
 後ろの席の須藤と、隣の久野明日香も加わってくる。
「いや、ちょっとボーっとしてただけ。今日天気いいし」と翼斗は誤魔化した。
 色視については、クラスメートには言っていなかった。どう言えばよいかも分からなかったし、特に言う必要も感じなかった。
「グラウンドの女子を見てたんだろ? かわいい子いたか?」
 須藤がまたネガティブキャンペーンを張ってきたので無視する。サイテー、という久野の批判は須藤に向けられたものだと信じたい。

 

 4人が向き合い、それぞれの昼食を広げる。

「ていうか児玉、一つ目のテーマの時の発言、あれなんだよ。『あらゆる生物にとって闘争はもっとも根底的な本能であり人間も例外ではない、故に人間の闘争である戦争はなくならない』だっけか。そういう極論を出されると議長としては対処に困るんだが」

 翼斗は児玉に抗議する。児玉のその発言がきっかけで議論がめちゃくちゃになり、収拾がつかなくなってしまったのだ。ファシリテータである翼斗の評点も下がったかもしれない。

「でも、そう言ったらみんなシーンとしてたじゃん。反論できないってことは正しいってことだろ?」
「そりゃ議論の前提を覆されたら呆気にとられるって」
 いけしゃあしゃあと詭弁を弄する児玉を、秀才の須藤が一蹴する。
「翼斗もな、議論の時にそもそも論を言い出す奴がいたら、『ナルホドー、でもそれは別の論点デスネー』とか言って適当に流しておきゃいいんだよ」
「なるほど……いや、須藤もその場で助け船を出してくれよ。お前がニヤニヤしながら静観してたのを俺は見逃してないぞ」
「だって固まってる翼斗見てるのおもしれーんだもん」
「確かに。ずっと苦笑い浮かべてるから私も笑っちゃったよ。表情に出るよねえ、翼斗は」
「ひどいなお前ら……」
 いつも通りの4人、いつも通りの昼食風景だった。

 

「そうそう、今朝のニュース見たか?」
 児玉が、弁当箱を片付けながら訊いてきた。
「見た見た! 毒田シュナイゼルパコ美がついに結婚でしょ!」と久野が身を乗り出す。
「誰だよそれ。そんなんじゃなくてさ」
「自殺のやつ? またイツキの仕業じゃないかっていう」今度は須藤が答える。
「そう、それ! 俺の仕入れた情報ではさ、ちょうど死亡推定時刻のあたりで、またイツキの目撃証言があったらしいんだよ。場所は下層の中央エレベータ乗り場のあたり」
 そう言って児玉は自分のWHDを操作し、そのネット記事を三人が見えるよう投影した。
「そういうの好きだよなあ、児玉は。そもそも顔も分かってないのに目撃も何もないだろ」
 翼斗は記事には目を通さず、お手製の弁当を食べながら——今日の煮物は完璧だ。やはり下茹では大事だな、と頭の中でメモを取る——反論した。
 児玉は素直というか騙されやすいというか、ネット上のゴシップや都市伝説じみた噂などをすぐ信じてしまう悪い癖があった。

「いやお前ら、頭から否定してかかるなよ。この情報は信ぴょう性が高いんだって。なにせ報道前に書き込まれてたんだからな。実は下層ではイツキは有名人で、みんな知ってるらしいんだよ。イツキはやっぱり下層にいるんだ。大体、これだけ警察が追ってるのに捕まらないってことは、下層の奥にでも潜んでるって考えないと説明つかないだろ?」

 児玉が熱弁をふるう。
 その表情や声からうっすら黄色が滲んで視えた翼斗には、次に児玉が言うことが分かった。黄色は好奇心、欲望、積極性の色だ。

「だからさ、みんなで下層に行ってみない?」
 やっぱりか。

 

 児玉の言う「下層」とは、東京の地下に存在する巨大空間——通称『アンダープレート』のことだ。
 スカイタワーの地下、60メートルから200メートルの間に、直径5キロにも及ぶ円柱形の空間が、ぽっかりと空いているのである。
 当初は、東京を文字通り下から支えるための地下都市として作られた空間だったらしい。地下にインフラ施設を集中させることで、地上を“見た目の良い”都市にすることが目論見にあった。実際に、核融合炉や、浄水・下水処理施設、ごみ処理施設などは地上からアンダープレートに移設された。

 しかし。

 その地下空間が、いまや一般市民の出入りが制限されるほどの危険区域になってしまっているのだ。