GOLDEN AGE ~追跡屋TAG~

自作の連載小説をあげていきます。

004 朝②

 

 刹那が降りてくるのを待っていると、父が思い出したように、
「そういえば翼斗、夢は見た?」と訊いてきた。

 そういえば、忘れていた。
 夢の内容について報告するのは朝の日課になっているのだ。
「ああ、ごめん。見たよ。ほとんどいつもと同じだったけど、いつもより色がはっきりしてたかな」
 夢の内容について説明する。父と母は真剣な表情で耳を傾けていた。
「そうか……徐々にイメージが強まってる感じだな。まあ近々また検査があるから、天衣博士に相談してみるか。ええと、次は確か」
 そう言って父が自分のWHD——腕輪型の、ホログラムディスプレイ端末——でカレンダーを確認しようとすると、
「今日は11月10日の金曜日だから、ちょうど一週間後ね。来週の金曜日」と母が即答する。母は頭の中にすべてのスケジュールとToDoリストが詰まっているため、こういうことは母に聞いた方が手っ取り早い。
「来週かあ」
 天衣博士の、人のよさそうな顔を思い浮かべる。

 

 二人そろって脳科学者である両親いわく、翼斗の脳には先天性の異常があるらしかった。その異常のせいかは不明だが、翼斗は、ある特殊な性質を持っていた。

 三年ほど前からだろうか。日常生活の中で、「色」を感じるようになったのだ。

 本を読んでいたり、音楽を聴いている時に、ふと色を感じることがある。その時によって色は異なるのだが、同じ曲やフレーズからは同じ色が見える。翼斗が受けた印象によって色が変わる、というのが自分なりの推測だった。
 特に生活に支障があるわけでもないため、治療などはしていないのだが、病院に定期的に通院して検査を受けていた。検査といっても、注射を打って小一時間脳波を測定するだけの簡単なものだ。処方された薬も毎日飲んでいるが、何の効果があるのかも分からない。

 

「前から訊きたかったんだけどさ、夢の内容と、色が見えることと、なにか関係があるの?」
 父に質問を投げかける。
 翼斗はいつも検査目的や結果を直接聞いていないため、実は何をしているのかよく分かっていないのだ。
「うーん、関係があるのかどうかを調べてるという感じかな」
 父はそう言うと、頭が冴えてきたのか、理路整然と説明を始めた。
「夢を見ている時、脳の中では、起きている間に得た情報をすごいスピードで整理しているんだよ。翼斗の場合は、音楽を聴いて色を感じたという情報を、寝ている間に整理している。そのことが見ている夢の内容に影響を与えた結果、色彩豊かな夢を見る、と考えることはできるね。それにしては毎回夢の展開が同じというのは違和感があるんだけど……まあ、そういう理由で夢の内容について報告してもらってるわけだ」
「……なるほど?」
 分かるような、分からないような説明である。
 とりあえず脳に乳酸が溜まった。
「ま、今度の検査の時に、天衣博士に色々訊いてみるといいよ。せっかくだし僕なんかよりわかりやすく教えてくれるさ」
 そう言って父は笑う。

 

 天衣博士とは、理化学研究センターの所長である。
 理化学研究センターとは、日本最大の自然科学の総合研究施設だ。翼斗が通院している病院も、理化学研究センターの附属病院である。
 その所長が一人の患者を担当するなど普通はあり得ないことだが、天衣博士はもともと脳科学分野の出身であるらしく、翼斗の症例が天衣博士の研究テーマと関連があるということで、特別に受け持ってもらっているらしい。

 ……というのは建前だろう。

 両親と天衣博士は古くから親交があったらしく、昔から自宅によく遊びに来ていたのだ。天衣博士が診てくれているのも、恐らくコネのようなものだ。
 最初のうちは、よく家に遊びに来る両親の知り合いで、ただの気のいいおじさん、という認識だった。
 その正体が実は、戦後復興に一役買い、世紀の発明といわれる人工全脳AWB(オーブ)の生みの親であると知った時には、それはもう仰天したものだった。誇張でもなんでもなく、それこそ教科書に載っていてもおかしくないほどの偉人である。
 両親と天衣博士がどのような経緯でそこまで仲良くなったのかは、いまだに謎だ。

 

 我が家はまったく、謎が多い。