GOLDEN AGE ~追跡屋TAG~

自作の連載小説をあげていきます。

003 朝①

 

「お前、またアラームセットしてなかっただろ。せっかく俺より高機能なやつ使ってるのに」
「いやあ、最後寝落ちしちゃったみたいでさあ。チャコさん最後まで残るから、どうしても3時回っちゃうんだよね。まあどうせ兄ちゃんが起こしてくれるんだし、大丈夫でしょ」
 刹那は悪びれもせずそんなことを言いながらご飯をかき込み、あっという間に朝食を平らげる。
「わかった、じゃあ次からは水ぶっかけてやるよ」
「またまたあ。というか兄ちゃんもやればいいのに、ブイダブ。ゲーム好きなんだから」
「いや、他のプレイヤーに気遣うのがめんどいからオンラインは苦手なんだよ。シングルプレイのゲームの方がいい」

 

 刹那のいう『ブイダブ』とは、2年ほど前に発売されたオンラインゲーム“バーチャル・ワールド・オンライン”、通称『VWO』のことだ。

 地球全体の地理地形はもとより、ほぼすべての国や都市、建造物、天候に至るまで忠実に再現したバーチャルワールド、その名の通り「仮想の世界」の住人となり、自由に世界を駆けまわるもよし、ゲームに参加して遊ぶもよし、自分の国や都市を作るもよし、と様々な遊び方ができる。
 現実世界をそのまま写し取ったようなフィールドの完成度の高さと、無限ともいわれるプレイスタイルのバリエーションの豊富さから、世界中のプレイヤーから熱狂的に支持されているのだ。
 ちなみに『チャコさん』とは、刹那が崇拝しているVWOのトッププレイヤーであるチャコ氏のことである。
 定期的にVWOのイベントや大会に参加し、そのプレイ動画を生配信しているらしい。昨夜も彼女の生放送があったということだろう。

 

「えー、何それ。前にやらせてあげた時あんなにはしゃいでたのに。やっぱネクラだよね、兄ちゃんって」
「そうやってすぐ少数派にレッテル貼りして迫害するのはやめろ。それで、昨日はなんのイベントだったんだ?」
「スカイタワーで鬼ごっこ大会! チャコさんって隠れるの苦手ですぐ見つかるくせに、そのたびに鬼をボコボコにしちゃって全然捕まらないの。最後は逆に鬼を追っかけだして、鬼の人もう涙目で、それがもう面白くって時間を忘れてしまったよ」
 あはは、と刹那は思い出し笑いをする。
「へえ、それは面白そうだな。ちなみに今も忘れてないか、時間」
 そう言って時刻表示を指し示すと、
「わっ、もう8時過ぎてるじゃん! オーマイオーマイ」
 寝間着のままだった刹那が慌てて二階に上がっていった。学校に間に合うためには8時20分には家を出ないと間に合わない。
「刹那は相変わらずのんびりしてるよなぁ。誰に似たんだろうね」
 父がのんびりとした口調でそう言うので、聞こえなかったフリをする。
 だがそれを言うなら、血を分けた兄妹でなぜこんなに性格が違うのだろう、と不思議に思うことは翼斗にもあった。性格的には、刹那は父親似と言えなくもないが、翼斗はどちらにも似ていないと思う。
 育った環境による後天的な影響も大きいとは思うが、謎といえば謎だ。

 

「またプレート街で自殺だってさ。最近本当に多いね」
 母が二杯目のコーヒーを飲みながら、AIが読み上げるニュースを聞いてそう呟く。
「今度もイツキとかいうやつの仕業かな? 自殺に見せかけて殺すとかっていうんだろ? まったく物騒だよなぁ」

 父の言う「イツキ」とは、数年前から巷を騒がせている殺人犯だ。
 正確には自殺犯、というべきだろうか。
 その存在が広く認知されたきっかけは、数年前から急増している原因不明の自殺事件について調査していたあるルポライターが出版した、一冊の本だった。
 独自ルートで手に入れたという警察の捜査資料に、『一連の自殺事件は他殺の疑いあり』の記述があることを公表し、それを裏付ける多くのデータを載せたそのノンフィクション本が、大きな話題を呼んだのだ。
 とはいえ、この時点ではまだ半信半疑の人も多かった。しかしそのルポライター自身が、自説を裏付けるかのように出版の二ヵ月後に首を吊ったことが決定打となり、大部分の人がその存在を信じるようになったのである。
 ただ、肝心の「どうやって他人を自殺させているのか」についてはいまだ諸説飛び交っており、いずれも憶測の域を出ていなかった。
 警察はイツキに関して正式な見解を出していないが、自殺事件は続いており、捜査の遅れを指摘する声も多い。学校でもよく話題に上がるため、翼斗にとっても関心のあるニュースではあった。

「こんなに騒がれてるのに捕まらないって、本当にイツキなんているのかな? 集団心理みたいなものだったらそれこそ怖い話だけど」
「どうだかね。もし本当にそんなヤツがいるなら真性のサイコパスだわよ。どうやってるのかは知らないけど、私を自殺させられるもんならやってみろって感じだわ」
 母が縁起でもないことを言う。
「母さんは殺されても死なないだろうからなぁ」
 父がそう言って笑いながら、二杯目のコーヒーを注ぐ。
 確かに、母なら自殺どころか相手を返り討ちにしかねない。
 むしろ心配なのは父だった。