GOLDEN AGE ~追跡屋TAG~

自作の連載小説をあげていきます。

002 平穏なる一日の始まり

 

 柊翼斗(ヒイラギヨクト)は目を覚ました。

 体を起こし、伸びをする。今日も目覚めは完璧だ。
 ベッドのヘッドボード部分にあるディスプレイを操作し、目覚ましを解除する。センサーで脳波を測定し、眠りの浅いタイミングで起こしてくれるのだ。そのため、起きてからも夢の内容を覚えていることが多い。
 先ほどまで見ていた夢を反芻する。

 いつもと同じ夢。

 あの色彩だけの世界も、流れも、いつもとまったく一緒だった。
 初めのうちは心地いいのに、徐々に重苦しい感じになり、最後は泣きたいような気持になって終わる。
 プラスマイナスの総計ではマイナス、つまり悪夢といっていいだろう。

 夢は深層意識の現れだというが、自分はひょっとして、得体の知れない欲求とか不満とか、そういった危険なものを心の内に秘めているのだろうか。
 普通ならもっと、分かりやすい悪夢とか、笑っちゃうようなハチャメチャな冒険とか、あるいはちょっとエッチな妄想じみた夢とかを見るものだと思うが……。

 まあ、いまこうして考えても仕方がない。どうせまた後で報告するのだから。
 そう考えてベッドから降りる。


 制服に着替え、二階の突き当りの自室から一階のリビングに降りると、まだ誰も起きておらず、ひっそりとしていた。

 これはいつものことで、というより、朝食作りを翼斗自ら買って出ているため、最初に起きるのは当たり前なのである。
 家族はいまどき自動調理機で充分だと言うのだが、翼斗はなんとなく自動調理機の味気ない料理が好きでなく、趣味で料理をしているうちに、いつの間にか朝食と夕食を担当することになってしまったのだ。
 手料理が好きとはいっても、もちろん味が良いことが前提である。
 この前の休日に「久しぶりに腕を振るう」と張り切って作られた母の手料理は、自動調理機ならクーリングオフものの出来栄えだった。『美味しくないカレー』というものがこの世に存在するのだと、逆に新鮮な気持ちになったものだ。

 卵をかき混ぜるカチャカチャという音が、しんとしたリビングとキッチンに響く。
 翼斗はこの、一日でもっとも静かな時間が好きだった。外の世界は何もかもが慌ただしく、落ち着ける時間が少ないのだ。
 そんなボーナスタイムも、じきに終わってしまうのだが。

 

 食卓に皿を並べていると、規則的だがせわしない足音と、ふらふらと不規則な足音がリビングに入ってきた。

「しゃっきりしなよ、今日は全体定例あるんだから。前回みたいに居眠りとかしないでよ? あ、翼斗おはよう、朝食ありがとね。コーヒーは自分で淹れるわ」
 母が、朝から相変わらずの機動力を見せつけている。
「おはよ。昨日も遅かったの?」
「うん? ああ、おはよう翼斗。昨日は何時に帰ってきたかな……ええと…………ふが」
 父はまだ半分眠ったままの頭で考えだすと、そのままフリーズしてしまった。
「帰ったのが2時頃だったから寝たのは3時過ぎね。ほらアンタ、ぼーっと突っ立ってないで早く食べな」
 直立不動のままゴニョゴニョ言っている父を突っつきながら、母が二杯分のコーヒーを持って席に着く。
 リモコンでウォールディスプレイの電源を入れ、メニューから『ニュース』を選択すると、ディスプレイにいくつかのトピックスが表示される。
 ふと表示されている時刻を見ると、7時45分を過ぎていた。このタイミングでまだ起きてこないということは……

 

 二階に上がり、手前の部屋をノックする。
「おいセツナ、起きてるか」
「……オィェルヨー……」
 ムニョムニョとくぐもった声が聞こえてくる。

 間違いなく起きていない。
 起きているふりをしてやり過ごし、もう数分だけと自分に言い聞かせて二度寝を決め込もうとしているものの、寝起きのため発声に真実がにじみ出てしまった、というところか。

 扉を開けて部屋に入る。デリカシーに欠ける行為だと言われるかもしれないが、これはいつものことなのだ。
 ベッドの布団を引っぺがすと、その中身が「ヒョッ」と頓狂な声を上げて身を縮こまらせる。
「起きろって、寝坊するぞ。もうしてるけどな」とベッドの主に言う。

「うぅ……勝手に入んないでよ兄ちゃん……」

 オーマイベッド、と意味不明の言葉を呟きながら、布団を求めてもぞもぞ動いている。
 もともと朝が苦手な妹だが、今日はまた一段とひどい。
 恐らくまた深夜までゲームでもしていたんだろう。そう訊くと、
「惜しい、不正解。やってたんじゃなくて、観てたんだよ。チャコさんの生放送。チャコさん、めっちゃ強いんだもん……ぜんぜん負けないから寝られなくてさ……マジで………しゃ………………」
「『しゃ』ってなんだよ、おい寝るな」

 再び眠りにつこうとした妹——刹那を無理やりベッドから引きずり下ろすのも、いつものことだ。