GOLDEN AGE ~追跡屋TAG~

自作の連載小説をあげていきます。

002 八百萬ジャンク・ショップ②

 

「あの、誤解です。ポケットに手を入れたのは武器じゃなくてメモを取るためで。柏木さんに描いてもらった地図です。それを見てここまで来たんですよ」
「地図?」
「ええ、地図。地図とは思えないですが地図」
「ふぅん? じゃあ君、ゆっくり、その手を出しなさい。素早く動いたら撃っちゃうわよ。イッパツだよ」
 分かりました、と答えて、ゆっくりと手を抜く。

 ばしゅん。

 翼斗の耳を、何かがかすめた。
 反射的に手を当てる。すれすれで外れたようで、耳は無事だった。
「な、なに撃ってんですか! 言われた通りにしたでしょ!?」
 女性店員は、撃った反動でひっくり返っていた。
「ごめん、手が滑った……意外と握力いるのね、これ」

 危険すぎる。

 大口をたたいておきながらあの距離で外すのもどうかと思うが、しかし外れていなかったら、今ごろ翼斗は昏倒していただろう。イッパツで。
 いや、果たして昏倒で済んだだろうか。連射が効かないどころか、撃った反動で本人がひっくり返るほどの威力である。
 恐る恐る振り返ると、店の前の地面に、遠目にも分かるほどの穴が空いて土埃が舞っていた。
「象でも死ぬわ!」
「うーん、調整ミスったかな? 失敗失敗。まあまあ、それで、それが柏木さんの描いた地図ってやつかな?」
 カウンターに上半身をもたれた姿勢で、翼斗が持っている紙切れを指差した。
「殺人未遂を誤魔化さないでください……ええ、これがそうですよ。信用してくれますか?」
 地図を店員に渡す。彼女は軽く地図に目を通すと、
「ん。おお、これは確かに柏木さんの描いたものだね。疑ってごめんよ」
 あいむそーりぃ、と先ほどまでの警戒が嘘のように朗らかに笑う。
 簡単に信じてくれたようだが、どこかに柏木の署名でもあっただろうか。
「いや、この芸術的なヘタさは他人には再現不可能だからね。筆跡なんかよりよっぽど信用できる証拠だよ」
 予想だにしない本人証明だった。それほど世間的に認められているヘタクソさというのは、芸術的というより芸術そのものといってもよいかもしれない。
 ともあれ、それで信じてもらえたということは、下手な地図に四苦八苦したことも無駄ではなかったということだ。
「信用してもらえたならよかった。ちなみに、さっきはすごく警戒してましたけど、何だと思ったんですか?」
「ん?いやあ、別に大したことじゃないよ。この辺は物騒だからね、強盗とかに備えてるんだよ」
「いや、でも目的とか素性とか訊いてきたじゃないですか。強盗相手だったらそんなこと訊かないでしょう?」
「まあまあ、いいじゃない。ちょっと言ってみたかっただけだよ。それより柏木さんの紹介で来たってことは、何か依頼があってのことだよね?」
 明らかに誤魔化しが入っていたが、確かに本題はそちらだった。

 そして彼女はいま、「来た」という表現を使った。

「来たっていうのは、まさか……」
「イエース、大正解。君は無事、目的地に到着したわけだよ。おめでとうぱちぱち」
 そう言って彼女は拍手の真似をした。
 正解とはつまり、この店が?
 翼斗は改めて店内を見回したが、どう見ても、ただの八百萬ジャンク・ショップだった。それ以上でもそれ以下でもない。
「えっと、ということは、あなたが追跡屋の人……?」
 先ほどの蛙のようにひっくり返った彼女の姿を思い出し、途方もない不安に襲われた。翼斗が依頼しようとしている事を、彼女が実現出来るとはとても思えない。
「なによその目は。私は違うわよ、私は八百萬ジャンク・ショップの店主であり、ただの案内人。あの子たちの仕事柄、場所が知られると色々とまずいからね。私がこうして一次審査をしているわけだよ」

 なるほど。そういうことか。
 仕事柄、と彼女は言ったが、確かに柏木に聞いた話からすると、“追跡屋”はいかにも敵を作りやすそうな職業だった。用心のために、こうして段階を踏んでいるということだろう。
 危うく一次審査で死ぬところだった。

「じゃあ、これからあなたが追跡屋の事務所まで案内してくれるっていうことですか?」
 それならそうと柏木も言ってくれれば良かったのにと思う。そもそも知人に誰かを紹介する時は、あらかじめ連絡をして然るべきではないか。手書きの地図といい、どうもコミュニケーション手段が前時代的に感じる。
「そういうこと。じゃあさっそく一名様ご案内といこうかな。君、お名前は?」
「柊です。柊翼斗」
 翼斗が名乗ると、彼女の表情がさっと曇り、青色が浮かんだ。
「ヒイラギって、もしかして今朝の事故の?」
 彼女もニュースを聞いたらしい。交通事故なんて滅多に起こることではないので、それなりに大々的に報道されているようだ。
「はい。僕は息子です」翼斗は短く答えた。あまりここで踏み入りたい話題ではなかった。
「そう……それで、そんな悲しそうな顔してたんだね」
 彼女の言葉に、翼斗は驚いた。平静を装っているつもりだったのだが、そんなに顔に出てしまっていたのか。トコネに金庫のことが見抜かれたことを思い出す。
「ごめん。そういえば私も名前言ってなかったね。八百萬璃々といいます。リリでいいよ」
 そう言って彼女が手を差し出してきた。
 まさか本名だったとは。

 璃々は店の裏口に翼斗を案内した。
 驚くべきことに、追跡屋TAGは八百萬ジャンク・ショップの裏手にあるらしかった。

「そういえばトコネちゃんには会った? 元気してた?」
 璃々が、共通の友達の話題を振るかのように話しかけてきた。
「元気……元気だったと思いますよ、たぶん。機嫌はよくなさそうでしたけど。八百萬さんはREVERENCEとどういう関係なんですか? 柏木さんとも顔見知りな風でしたけど」
「璃々でいいって。柏木さんは、元々うちのお得意さんなんだよ。追跡屋じゃなくてジャンク・ショップの方ね。仕事で何度か一緒してるうちに、いつの間にか仲良くなってた」
 確かに、彼女なら誰とでも仲良くなれそうだった。
「トコネさんって、どういう人なんですか? あんなに若いのにREVERENCEのボスって、結構、というかかなり普通じゃない気がしますけど」
「フルネームは久遠トコネちゃん。めっちゃカワイイ。まだ確か二十歳になってなかったかなあ。柏木さんの養子で、つい最近、柏木さんの後を継いだんだよ」
「養子……つまり世襲ってことですか? ああいう組織だとよく思わない人も多そうですけど」
「うん、最初は結構ざわついてたけどね。実力は確かだし美人だしで、むしろ柏木さん時代より結束してるらしいよ。すごい子だよねえ」
 そんなに人物を「カワイイ」と評する璃々もなかなか只者ではない。
 久遠トコネ。あの若さで頂点に立つなんて、いったい何歳の時から血で血を洗う世界を生きてきたのだろうか。