GOLDEN AGE ~追跡屋TAG~

自作の連載小説をあげていきます。

後編

 

 狭く曲がりくねった道を、トラックとバイクが猛スピードで走り抜けていく。

 コーナーを曲がる。バイクの方が小回りが利くため、徐々に距離が縮まっていく。

 

「こっちの方が早い! 観念しろ追跡屋ぁ!」

 そうディックが叫んだ瞬間、前を行くトラックが道路横のブロックに乗り上げた。大きく車体が浮き、そのままゆっくりと回転すると、ついにトラックは横転した。じゃり

じゃりという音を鳴らして地面をすべり、停止する。

「よし、行け、殺せ」

 ヒットマンはバイクを降りるとトラックに駆け寄る。銃を構えて中を覗くと……ディックの方を向いて首を振った。

 ――いない!?

 思わず振り向くと、先ほど曲がってきた角の内側にある建物の屋上に、男が立っていた。こちらを向いて、姿を隠そうともしていない。

「あそこだ! 戻れ!」

 ヒットマンを呼び戻し、慌てて元来た道を戻る。

 しかしもう男の姿はなかった。

「曲がった瞬間に窓から飛び降りたのか、くそっ! 猿かあいつは!」

 建物の屋上から先は、しばらく隣接する建物の敷地が続いて、少し開けた道に出る。そこに先回りすれば、捕捉できるはずだ。

 

 バイクが道に出た時、ディックは目を丸くした。

 男がまたしても、こちらを向いて立っていたからだ。

 それも、道の真ん中で。

 

 ――何を考えてる?

 

「おい、突っ込め」

 ディックはヒットマンにそう指示した。

「お前の腕じゃ走りながらじゃ当たらん、それよりこのまま轢き殺してしまえ」

「……了解」

 バイクはスピードを上げ、男に向かって一直線に突っ込んでいく。

 みるみる距離が縮まる。

 このスピードでぶつかれば、確実に相手は死ぬだろう。

 その時であった。男が右手を前方に掲げた。手の平を地面に向けた状態で中指を折り、親指で抑える。

 見覚えのある形だった。あれは……

 

 デコピン?

 

 次の瞬間、甲高い破裂音とともに、ディックの身体はバイクの車体とともに宙を舞っていた。

 

 ――捕まえた。

 

 すれ違いざまに、遠のく意識の片隅で、そんな言葉をディックは耳にした。

 時速60キロオーバーで実に15メートルもの距離を吹っ飛んで地面に激突し、さらに10メートルほど転がった後、ようやく衝撃から解放されたディックは、恐らくは気絶するほどの激痛に襲われていると思われたが、幸運なことにすでに気を失っていた。

 周辺の住民が、何があったのかと窓から顔を覗かせる。しかし面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだとばかりに、いずれもすぐに引っ込んだ。この辺りに、他人のために警察を呼ぶような善良な人間はいない。

 

「動くな!」

 直前で危機を察知したのか、すんでのところで飛び降りていたヒットマンの男が鬼灯に銃を向けていた。何が起こったのか理解できない様子で、腕が震えている。

「貴様、いま何をした?」

 ヒットマンの目には、相手の男は何かを手から撃ち出したように見えた。

 男の右手中指を見ると、皮が破けている。しかし血は流れていない。それどころか、中からは黒光りする金属のような表面が覗いており、その先端からは煙が立ち昇っていた。

 義指か?

「よく避けたな。三流だが勘だけはいいらしい。お前の主人はあのザマだ、残りの報酬は手に入らねえよ。無駄弾消費しねえでウチに帰んな。怖い人たちが来る前にな」

 男はそう言うと、悠然と煙草に火を点けた。

「ふざけるなよ。お前、追跡屋だろ。有名人だよな。お前の首を取ったら買ってくれる奴らもいるだろう。お前が壊したバイク代くらいにはなるだろうぜ」

「……後ろの敵にも気付かねえ馬鹿がよく言うぜ。ほら、もう来ちまった」

「あ?」

 次の瞬間、ヒットマンの男の頭部に強い衝撃が加わった。頭蓋骨が割れたかと思うほどの激痛が走り、たまらず倒れ込む。硬い鈍器のようなものが振り下ろされたような感覚。

 その後ろに、二人の男が立っていた。一人は金髪でがっしりした体格の白人、もう一人は切れ長の瞳をした東洋人だった。

 ヒットマンの頭を襲ったのは、白人の拳骨だった。

 

「おい鬼灯、てめえまた厄介事か。ここに連れてくんじゃねえって言ってんだろうが」

 気を失ったヒットマンを足で踏みつけて、白人が言う。

「おいおい、こいつはトコネからの依頼だぜ。ちゃんとここまで連れてきてやったんじゃねえか。シュノー、てめえが俺に言うべきは礼じゃねえのか」

 鬼灯と呼ばれた男はそう言ってディックを指し示した。

「ちっ。ディックか、やっぱりな。おい陸、連れてくぞ」

 白人男は舌打ちをしてディックの身体を起こしにかかる。

「ご苦労だったぜです、鬼灯。しかしうちのアネサンのこと呼び捨てにするな、です」

 東洋人の男もカタコトでそう言うと、シュノーを手伝う。

 

 二人の様子を見ながら、鬼灯と呼ばれた男は耳に手を当てて誰かと喋り出した。

「終わったぜ。ディックのクソ馬鹿はシュノーと陸に預けた。それからさっきの家に4匹と、途中に指のねえ馬鹿1匹が転がってるから、後は好きにしろと伝えとけ」

『りょうかい。すぐに位置情報を送っておく』

 耳に仕込んだスピーカーマイクから少女の声が聞こえてくる。その応答を聞くと、男はポケットからタバコを取り出し咥えた。

「今回は相手が“モノを知らねえ”馬鹿だったからよかったが、あんまりこういう仕事ばっかり請けんなよ。怪我でもしたらたまんねえ」

『とっくに傷だらけだと思うけど、りょうかい

 

 通信を切ると、シュノーと陸はもうディックを背負ってどこかへ消えてしまっていた。

 しばらく仕事の後の一服を楽しむと、煙草を機械製の右手中指に押し当てて火を消す。

 

「馬鹿は嫌いなんだよ」

 

 男はそう呟き、歩き出す。そしてそのまま、白と黒の世界へと消えていった。

 

 

<0章 完>