GOLDEN AGE ~追跡屋TAG~

自作の連載小説をあげていきます。

012 兄妹の逃走劇 ①刹那の妙案

 

 コンビニで買い物を終え、店前の段差に二人で座って早めの朝食を採る。
 朝の6時前だが、激しい運動をしたせいか、いつも以上にお腹が空いていた。
 隣で刹那は、おでんを美味しそうに食べながら、ホットココアを飲んでいる。

「……その組み合わせは合うのか?」
「もちろん。ココアはなんにでも合うんだよ」

 普段通りの様子の刹那だった。
 翼斗も、有酸素運動により頭が冴えてきたためか、落ち着いて考えられるようになってきた。


 両親からの電話の内容を思い出す。
 現実味がなく、夢だったようにも思えるが、通話履歴には確かに記録が残っている。

 いったい何が起きているのか?
 自分たちは何から逃げているのか?
 刹那と二人だけで、しかも自転車で闇雲に走るだけで大丈夫なのか?
 誰に追われているかも分からず、どうしたら安全と言えるだろうか?
 相手は一人だろうか、複数だろうか? 移動手段は何だろうか?
 万が一に備えて、身を守る物を装備した方がいいだろうか?

「兄ちゃん、そろそろ教えてよ。何があったのさ?」

 刹那の声にハッとする。刹那がじっと翼斗を見つめていた。
 確かに、刹那にも分かる範囲で説明をしておくべきだった。それに人に話すことで問題点も整理できるかもしれない。
 翼斗は今朝の出来事について、なるべく客観的に説明した。刹那は神妙な面持ちで聞いていたが、説明が終わると、
「父さんたちは無事なのかな?」と訊いてきた。
「それは、大丈夫に決まってるよ。母さんがいるんだから」
 その返答は気休めではなく、翼斗の本心だった。あの母は、たとえ殺されたって死なない。
「犯罪とかに巻き込まれたんじゃなければいいけど……」
「そうだな。とにかく、俺たちも逃げないと。そうだ刹那、VWOでよく東京の街中を走り回ってるんだろ。この辺の道は詳しくないのか? なるべく安全で見つかりづらくて、そう遠くない場所を案内してもらえると助かるんだけど」
 半分冗談のつもりで尋ねてみると、
「あのね兄ちゃん、いくらわたしでも一つの都市のマップ丸ごとは覚えられないって。でもまあ、私の知恵を借りたいっていうなら、やぶさかではないけど」
 そう言って鼻をフンと鳴らした。
「え?どこか心当たりがあるってこと?」
「見つからない場所だったらあるじゃん、すぐ近くに」
「近くに?」
「地上より地下の方が隠れやすいでしょ?」
 そこまで聞いて、ようやく合点がいった。

「下層か!」

 アンダープレート。灯台下暗し、ならぬプレート下暗し。
 それは確かに、思いつきにしてはいい考えかもしれなかった。
 一度身を隠せれば簡単に見つかりはしない。もちろん安全な場所とはいえないが、この状況を脱するためにはどのみちリスクは負わなければならない。

 ただし、問題が二つほどあった。
 一つは、追っ手が下層の地理に通じている場合である。
 勝手を知る者にしてみれば、初めての土地をさまよっている子供を捕まえることなど造作もないだろう。しかし地上で逃げ回ったところで同じ問題を抱えているといえるので、あまり気にしなくてもよさそうだ。
 そしてもう一つ。

「いいアイディアだと思うけど、問題は俺たちだけでどうやって下層に行くかだな。中央エレベータを使うにはパスが必要らしいから、俺たちだけで潜り込むのは難しいと思う」
 須藤の受け売りだが、いざ当事者となっては切実な問題である。
「じゃあ、わたしがデコイとして監視を引き付けるから、その間に兄ちゃんが管理室に侵入してキーロックを解除して」
 と、刹那が真剣な顔で提案してきた。
ゲーム脳を現実に持ち込むな。俺が言いたいのは、中央エレベータを使わなくても他の出入り口から入れるんじゃないかってこと。何か知らないか?」
 確か児玉がそんなようなことを言っていた気がする。普通に考えても、地下に行く方法が中央エレベータだけということはないはずだ。
 刹那は心当たりがなさそうに首を傾げる。
「うーん、わたしも下層に行ったことないし。地下鉄の駅に隠し通路があるって聞いたことはあるけど」
「それは都市伝説っぽいな……。運搬用のエレベータがあるって聞いたんだけど。あと非常用の通路とか」
「あ、もしかしてそれ、プレート南の搬入ターミナルのことじゃない? メガフロートから収穫した野菜とか運び込むためのトンネルがあったはず。あの辺はイベントで使ったことあるから、地理もそれなりにわかるよ!」
 刹那はそう言って目を輝かせた。
「たぶんそれだ。でかした刹那!」
「ふふん。今の時代、インドアの方が外の世界に詳しくなれるんだよ」
「よし、そこに行ってみよう……って、そこも監視とか入出ゲートとかがあるなら行っても無駄になっちゃうな」
「そんなに厳しくはないと思うよ。すごい数のトラックとかが出入りしてるはずだから、何だったら貨物スペースに潜り込んじゃうとか」
「それこそゲームだな」
 そう突っ込んだところで、翼斗は噴き出してしまった。急に今の状況が可笑しくなってきたのだ。

「本当に、ゲームでもしてるみたいだな」
「確かに!」そういって刹那も笑う。
 しばらく二人で笑った。久しぶりに笑った気がした。