GOLDEN AGE ~追跡屋TAG~

自作の連載小説をあげていきます。

013 兄妹の逃走劇 ②迫る危険

 

「いやー、兄ちゃんの笑ってるとこ見てたら落ち着いたよ。もっと普段から笑ったらいいのに」
「人をネクラみたいに言うな。面白かったら普通に笑うよ」

 そろそろ行くか、と腰を上げる。かれこれ30分近く休憩していた。
 翼斗も、だいぶ気分は落ち着いていた。目的地もはっきりしたし、希望が見えてきた気がする。

「そういえば刹那、その花のネックレス。つけてきたのか?」
 刹那の胸元でフラワーモチーフのネックレスが光を反射していた。そんなことに気が付いたのも、余裕が出てきた証拠だろうか。
「これはね、お守りなんだよ。受験の時もこれして行ったし、なんかご利益がありそうな気がしてさ。別にオシャレとかじゃないからね。あとこれ、花じゃないよ」
「え、そうなの? なんの形だ?」
「なんだっけ? なんかのシンボルだよ。頭の良さそうなやつ」
「……なんだその頭の悪そうな答え」
 翼斗には花にしか見えなかったが、違うと言われれば確かに違うのかもしれない。
 細長い楕円形の輪が3つ重なり、中心に小さいシルバーの球があしらわれたデザイン。楕円の重なったその様が、ちょうど6枚の花弁のように見えた。

「まあいいや。とにかくその搬入ターミナルを目指すか」
 WHDで、搬入ターミナルへの行き方を検索してみる。今の位置からは15キロほど離れていた。
「15キロか。あと1時間くらいで着くかな。悪いけど道案内頼む……刹那?」
 刹那は翼斗の話を聞いていないようだった。前方を凝視している。

 刹那の視線の先に目をやると、20メートルほど先に、一人の男が歩いていた。ゆっくりと、二人の方向に近づいてきている。
 黒いロングコートを身にまとった長身の男だった。

「行くぞ刹那」
 刹那を立たせ、自転車に乗るよう促す。刹那は表情をこわばらせたまま、急いで自転車に乗り込んだ。

 危険だと思った。

 なぜそう思ったのかは分からない。
 歩いてくる方向からすると、コンビニに入ろうとしているのだと解釈もできたはずだが、そうではなく、自分たちに向かってきていたと確信できた。本能的な勘か、あるいは翼斗が持つ特異な体質によるものか。
 しかしそんなことはどうでもよかった。
 ペダルを思い切り踏み込む。

 男が見えなくなっても、刹那は黙りこくっていた。
「刹那、すまないけど案内を頼む。大まかな方角は分かるけど、詳しいルートはさすがに知らない。俺はとりあえず全力で漕ぐから、方向を指示してくれ」
 そう刹那に頼むと、「わかった」とWHDを操作しルート検索を始めた。
 顔に当たる風が冷たい。しかし身体全体が熱を帯びていた。
「兄ちゃん」刹那が声をかけてくる。
「なんだ?」
「オーマイだね」
「ああ」

 どうやら、思った以上に自分たちは危機的状況にあるらしい。

 

 

「次の交差点を右だね。そこからしばらくまっすぐ」
 風を切る音に混じり、背後から刹那の声がする。あれから、男の姿は見えない。
 翼斗は両脚をフル回転させながら、思考を巡らせた。

 本当に追っ手だったのだろうか?
 もし奴が敵だとして、なぜ二人の居場所が分かったのだろうか?
 二人の顔写真が指名手配のように配られ、大勢で東京中を探しているのか?
 あるいは、最初から捕捉されていた可能性はあるだろうか?

「刹那、あとどれくらいで着くか分かるか?」
「いま6時半で半分くらいだから、このペースなら7時前には着けると思う!」
 報告とともに、ハイヨー、ヨクトー!と刹那が叱咤の声を上げる。調子が出てきたようだ。
「了解。あと刹那、俺のショルダーに入ってる金庫を開けてみてくれないか?」
「あの金庫? 分かった、暗証番号は?」
「俺の誕生日らしい」
「いつだっけ」「おい」

 これまでなんとなく考えないようにしていた……が、父がわざわざ持って逃げるよう指示した金庫の中身は、やはり早いうちに確認しておくべきだと思った。
 パンドラの箱でないことを祈るしかない。
 刹那が金庫を取り出し、ロックを解除する。
 ガチャ。金庫が開く重い音。

「んーと……なんだろこれ。薬品? 注射器かな。同じ形のが4本ある」
 刹那が中身をガサゴソ探りながら言う。
「注射器? なにか書いてあるか?」
「うん、ラベルに数字が大きく書いてある。2とか3とか。でもそれだけ。他には何も入ってないみたい」
 刹那が中身の一本を手に取り、翼斗にも見えるよう前方にかざした。
 薬品の入ったアンプルに、確かに注射針のようなものがついている。そのまま皮膚に押し付けて打つのだろうか。白いラベルには、大きく「2」と書いてあり、それ以外は何の情報も記載されていなかった。
「ラベルに書いてある番号を全部読んでくれ」
「ラジャ。えーっと今のが2で、あと3、4、5だね。あれ、1がないや」
「……謎すぎるな」

 金庫の中身が唯一の手掛かりだったが、何も分かりそうにはなかった。
 わざわざ金庫に入れていたということは、たとえば脳科学研究室で開発した新薬とか試験薬といった貴重な薬品だろうか。画期的な新薬の開発を嗅ぎつけた海外や産業スパイがそれを狙って……さすがに飛躍しすぎだ。

 今はとりあえず金庫の中身は忘れて、逃げることに集中しよう。
 翼斗はペダルを回す脚に力を込めた。