GOLDEN AGE ~追跡屋TAG~

自作の連載小説をあげていきます。

015 対峙、覚醒

 

「そういえば、朝のニュースでやってたんですけど」
 翼斗はものはついでと、児玉が言っていた噂についても訊いてみることにした。
「朝のニュース? ああ、毒田シュナイゼルパコ美さんの結婚かい? あれはびっくりしたね」
「その人、そんなに有名なんですか……それじゃなく、自殺者のニュースです。犯行時刻の前後にイツキが下層で目撃されたって噂を聞いたんですが」
「ああ、あの連続自殺犯ってやつか。僕も噂でしか知らないけど、確かに下層で見たっていう話は聞くよ。用心はした方がいいと思う」
 君たちは特に、と青年は意味深に言った。

 

 トンネルの先に、貨物用のエレベータが見えてきた。
 エレベータの前に、数台の車両が並んでいる。エレベータの運行時刻は決まっており、それに合わせて自動運搬車両は動いているらしい。次の到着まではしばらく時間がありそうだった。
 エレベータの脇には、非常用の階段も見える。アンダープレートの地表がある地下200メートルまで降りるとすると、かなりの段数であるに違いない。

「あのエレベータに乗って下まで降りるよ。ちょっと待っててね、いま呼ぶから」
 青年はフォークリフトを降りてエレベータに向かうと、パネルで何やら操作を始めた。規定の運行時刻以外でも、呼べば動くということか。
 ともあれ、なんとか無事にここまで来れた。「リアルだなー」と相変わらず辺りを見回している刹那を見て、翼斗も安堵の溜息をつく。

 と、その時。
 突然、目の前が暗くなった。トンネル内の照明が落ちたのだ。

「えっ!なになに!?」
 刹那の悲鳴に近い声が、闇の中に響く。
「落ち着け刹那、声出すな」
 翼斗はとっさに声を押し殺した。
 トンネルの電気が落ちるなんて普通はあり得ない。
「なんだ?停電か?」
 青年の声が、先ほど彼がいたのと同じ辺りから聞こえてきた。彼の意図や操作ミスではないらしい。
 次の瞬間、灯りがついた。元の明るさではない。非常灯に切り替わったようだ。
 青年は、変わらずパネルの前にいた。訝しげに天井を見つめている。

「兄ちゃん、あれ……」

 刹那が、来た方向を見て、翼斗の袖を掴んだ。紫色が視える。恐怖の色。
 刹那の視線を追うと、そこに人影があった。
 非常灯のせいか、薄暗くてよく見えない。
 いや、違う。よく見えないのは非常灯のせいだけではない。
 男の着ている服が、背景の闇に溶け込んでいるのだ。
 黒のロングコート。
 先ほど、コンビニの前で見た男だった。ゆっくりと近づいてくる。

 まずい。

 追ってきていた。気付かぬうちに捕捉されていた。見通しが甘かった。
 どうやって追ってきたのだろう? 停電は奴の仕業か? 一人なのか、仲間がいるのか?
 様々な疑問が浮かんだが、すぐにかき消した。
 すぐに刹那を連れて逃げなければ。
 しかし今いる場所はトンネルの突き当りで、戻る道は塞がれている。フォークリフトのスピードではかわすこともできない。先へ進むとしても、エレベータはまだ到着していない。
 まさか、この状況を待っていたのか?

「なんだあの人は。歩いてきたのか?」
 青年がその男に気付き、不審そうに言った。
 彼に助けを求めるしかない。翼斗は青年に駆け寄る。
「僕ら、あいつに追われてるんです、急いで逃げないと。そこの階段は使えませんか?」
「えっ、追われて? よく分からないけど、階段は非常時以外は閉じてるはずだよ。下に降りるならエレベータじゃないと」青年が慌てて答える。
 逃げ道はない。そうこうしているうちに、黒コートの男はもう20メートルほどの距離まで近づいてきていた。

 翼斗は覚悟を決めた。
 やるしかない。

 たとえ今この瞬間にエレベータが到着したとしても、乗り込んで扉を閉める余裕があるとはとても思えない。
 活路を見出すには、対峙するしかなかった。
 何か武器になりそうなものはないかとバッグの中を探る。
 兄ちゃん、と刹那の震える声が背後から聞こえた。大丈夫、と答える。根拠のない気休めだ。
 男は10メートルほどの距離まで近づいたところで、歩みを止めた。
 男の顔が薄暗い非常灯に照らされる。
 不吉な顔の男だった。痩身だが、歩き方や姿勢はよく訓練されたドーベルマンを連想させる。

「俺たちに何か用か!?」

 翼斗は男に向かって叫んだ。精一杯虚勢を張ったつもりが、声が震えてしまっていた。我ながら情けない。
 男はその質問を無視し、ポケットから手を出し翼斗に向けて掲げた。
 その手には、銃が握られていた。
 刹那が息を呑むのが分かる。

「鬼ごっこは終わりだ。大人しくついてくれば危害は加えない」

 男が口を開いた。低いがよく通る声だった。
 銃口は真っ直ぐに翼斗の眉間を捉えている。現実で銃を見るのは初めてのことだった。当然、銃を向けられることも。
 相手の指一本に命を握られるということは、これほどまでに恐ろしいことだったのか。
 足がすくみ、声が出ない。
「二人とも、こいつで自分の足を縛ってうつ伏せになれ」
 そう言って男は紐の束を翼斗の足元に投げた。
 銃が相手では勝ち目はない。大人しく言う通りにするしかないのか。
 ここまで来たのに。

 父さん、母さん——

 なおも逡巡する様子の翼斗にたまりかねてか、男が続けて言った。

「諦めろ。お前たちの両親は死んだ。もう逃げる意味はない」