GOLDEN AGE ~追跡屋TAG~

自作の連載小説をあげていきます。

001 八百萬ジャンク・ショップ①

 

 翼斗は立ち尽くしていた。
 地図で示された場所に、ようやく辿り着いた……はずだった。
 しかしそこにあるのは、どう見ても、ただの古ぼけた商店だった。

 さかのぼること半日前。
 墓地を後にした翼斗は、疲労がピークに達していたため、陸に教えてもらった安ホテルに入ってベッドに倒れ込んだ。しかし、身体は睡眠を欲しているはずなのに一晩中ほとんど寝ることができず、だるさの残る体を奮い立たせて、翌朝から活動を再開することにしたのだった。
 柏木の手書きの地図を見ながら、☆マークの目的地を目指して進んだ。
 が。これがまったく上手くいかない。
 今までGPSとルート案内に頼りきりになっていた弊害もあるのだろうが、いかんせん地図の完成度が低すぎた。
 T字路が十字路として書かれていたり、道の数が違ったり、目印として書かれた建物の名前が字が汚すぎて読めなかったり、うろ覚えなのか大きな丸を書いて「だいたいこの辺」などと書かれていたり……その都度自分で地図を修正する必要があり、まるで出来の悪いテストの答案を採点する教師の気分だった。
 赤点だ。補習を受けろ。
 異国で一人道に迷ったかのような心許なさの中、それでもどうにかこうにか暗号を解き明かし、ようやく辿り着いた。
 はずだった。
 何度も地図を見返し、他の目印との位置関係なども確認したので、この場所に間違いない。

『八百萬ジャンク・ショップ』

 看板にはそう書かれていた。

「あのじいさん、自信満々に人を送り出しといて、まさか間違えたのか……」
 しかし間違えるにはあまりに個性的な店名である。
 店の前には、用途不明の機械のパーツや部品が山積みになっている。
 扉が開いているので中を覗くと、そこもやはりガラクタの山だった。工具類、電子機器の基板、怪しげなラベルの缶やスプレー、大小の車輪などが所狭しと並んでいる。
 そして神棚のようなところに、やたらとファンシーなぬいぐるみ——警察官のような服装をしたキャラクターのぬいぐるみだった——が飾ってある。
 店内のどこにも『TAG』の名前は見当たらなかった。

「にゃあ」「みゃあ」

「ほっ!?」
 突然聞こえた猫の鳴き声に驚き、変な声が出てしまった。
 カウンターの真ん中に黒猫が二匹、吾輩たちの店である、とでも言いたげに、並んで翼斗を見つめていた。
 視界には入っていたが、ただの置物だと思っていた。
「こんちわ……」と挨拶をしてみるが、反応はない。ただじっと翼斗を見つめていた。
 翼斗は、動物に対しても色を視ることがあった。虫や魚に対してはなかったが、道を歩く猫や散歩中の犬、鳥など、知能や感情がありそうな動物には色を感じることができた。そのほとんどが、警戒を表すオレンジ色だったが。
 しかし目の前の猫たちには警戒する様子がなく、オレンジ色も視えない。人懐こいのだろうか。
 まあいい。猫は嫌いではないが、今はじゃれている場合ではない。
「廃業して店が変わったってことは、ないよな……」
 肩を落としたが、どうせだから店の人にも尋ねてみようと、店内に入ることにした。もしかしたら何か知っているかもしれない。
「あの、すみません」
 店先に店員はいないようなので、店の奥に向かって声をかける。
「はーい」
 すぐに奥から、女性の声で返事が返ってきた。
 改めて店内を見回す。
 八百萬―ヤオヨロズと読むのだろうか―というのは、何でも扱っているという意味だろうか。その割には品揃えがマニアック寄りに偏っている気がするが、どんな客が来るのだろう。

「はいはーい、お待たせです」
 軽快な口調とともに現れたのは、ボロボロのツナギとゴーグルにボサボサの髪という出で立ちの、若い女性店員だった。
 黒猫たちは「にゃあ」「みゃあ」と鳴くと、女性店員と入れ替わるようにカウンターから降り、店から出て行った。
「あの、道をお訊きしたいんですが」
「んん?」
 やにわにゴーグルを外し、翼斗の顔を凝視してきた。
 眉間にしわを寄せているが、もしかしてにらまれているのだろうか。
 客以外はおとといきやがれということか。もしくは道も知らない新参者に冷たく当たる排他的な文化なのか。
 翼斗が緊張していると、「お客さん、だれ?」と訊いてきた。
 誰、とはどういう意味だろう。試しに「オレだよオレ」とでも答えてみようか。
「ちょっと待って」と女性は一度奥に引っ込み、すぐに出てきた。ゴーグルから眼鏡に変わっている。今どき、眼鏡を使ってる人はなかなかいないので珍しい。そしてよく似合っていた。
「おや? 一見さんだったか」
 改めて翼斗の顔を見て、彼女はそう言った。単純に視力が悪かったらしい。恐らく常連客か知り合いと勘違いしたのだろう。
「何かお探しで?」
 そう言って、ジャンクパーツの品定めでもしているかのように、じっと見つめてくる。
 その表情に、黄色が浮かんでいるのが視えた。期待の色。好奇心旺盛な人によく見られる色だ。そういえば児玉が荒唐無稽な話をする時にも、よく黄色が浮かんで見えたものだ。
「いえ、すみません、道を訊きたいだけなんですけど。この辺に『追跡屋TAG』っていう店はありませんか?」
 翼斗は本題を切り出した。と、その時。
 女性店員の顔にほんの一瞬だがオレンジ色が差すのを、翼斗は見逃さなかった。
「タグ?」
「いや、タッグ、かもしれないですけど。ティーエージーです。ご存知ないですか?」
「知らないなあ。誰かに聞いたの?」

 怪しい。何かを知っていて、隠そうとしているように見える。
 駆け引きをしている場合ではなかった。

「REVERENCEの柏木って人に聞いて、探してるんですが見つからなくて。何か知ってるのなら、教えてくれませんか」
「柏木さん? ふうん。ホントかなあ」
 柏木という名前に反応した。
 疑われる理由は分からないが、いずれにせよ、この人は何か知っている……いや、試されている?
「ええ、ここに」と翼斗が上着のポケットに手を入れたその時、

「動かないで」

 女性店員の、それまでの口調とは打って変わった硬い声が響いた。
 手には銃が握られ、その照準は、翼斗の眉間に真っ直ぐ合わされていた。

 ……いや、銃かこれは?

 銃というには特殊な、あまりに個性的な形状をしていた。
 昔の映画で観たことのある、パチンコという武器を思い出す。ゴムで石などを引っ張り、反動で撃ち出す原始的な武器。それに照準器と銃身と弾倉を取り付けたような、どこか子供のオモチャじみた見た目だった。

「こいつを銃なんかと一緒にしないことね。銃より威力は低いけれど、大の大人を一発で昏倒させることくらいは出来るよ。銃ほど連射は効かないし当てるのにコツもいるけど、当たればイッパツだよ」
「それ、銃の方がいいんじゃないですか?」
「銃なんて人殺しの道具よ! それに銃よりカッコいいでしょ?」
「カッコいいって……」
 整備士のような服装といい、もしかして自分で作ったのだろうか。
「これを突き付けられてもビビらないってこととは、やはり只者じゃないわね。かなり若いみたいだけれど。素性と目的を言いなさい」
 そう言って銃身部分を後ろに引っ張る。その指を離すと反動で弾が飛ぶ仕組みなのだろう。

 確かに、自分でも意外に思うほど、翼斗は冷静だった。というより、物事に動じなくなっているのかもしれない。それは危険に対して鈍感になっていることと同義で、決して良い事ではないのだろうが。