GOLDEN AGE ~追跡屋TAG~

自作の連載小説をあげていきます。

020 REVERENCE

 

 生暖かく湿った風が頬を撫でる。
 地中深く閉ざされたこの空間の、一体どこから風が吹いてくるのだろう。

 翼斗は二人の男について歩いていた。
 看守に連れられて死刑台へ向かう囚人の気分だった。
 どこへ連れて行かれるのか分からなかったが、刹那を背負ったままでは、とりあえず男たちの言う通りにするしかない。
 遠くに、アンダープレートの中央に大黒柱のようにそびえ立つ中央エレベータが見える。外壁の向かって右側に“N”、左側に“E”の字が書かれているので、北東方向の奥に向かって進んでいるのだと思われた。
 北東。足を踏み入れてはいけない領域。

 二人の男は、話しながら歩いていた。
「これ、二人とも戻る、必要か?」
「じゃあお前が残れよ。ボスには俺から報告しとくから」
「おてまえが残りやがれ、です」
「よし、お前が残るんだな? いま『お手前』って言ったよな」
「お前が残れ」
「言えるのかよ! 実は喋れるだろお前。というか、てめえはボスと話したいだけじゃねえのか」
 翼斗はしばらく聞き耳を立てていたが、参考になりそうになかったので聞くのをやめた。

 改めて二人の男を観察してみる。
 シュノーという名の男は、戦車のような男だった。
 極めて凶悪な人相をしている。眉毛が片方なく、あると思ったもう片方の眉毛は、よく見たら切り傷の痕だった。体つきも異常だ。アメリカンコミックのような隆々とした筋肉。タンクトップから露出した肌のあちこちから傷痕が覗いている。
 もう一人の東洋人の男は、陸天祐と名乗った。
 切れ長で鋭い目つきをしている。痩身だが歩き方や所作には隙が無く、その全身が一振りの日本刀(青龍刀?)であるかのような存在感を放っている。触れた瞬間に手首を斬り落とされそうだ。
 元傭兵のヤクザと凄腕の暗殺者が並んで歩いている。そんな風に翼斗には見えた。
 心の中で、児玉に悪態をつく。何が「栄養不足でガリガリ」だよ。

 REVERENCE——その名を聞くのは今日だけで二度目だ。
 下層を実効支配しているといわれる組織の名前。
 追っ手に自殺犯に、お次はヤクザ。
 翼斗は、この悪夢はまだ終わっていないのだと悟った。

 連れてこられたのは、入り組んだ細道を抜けた先に現れた倉庫街だった。
 大きなレンガ造りの倉庫やガレージが、縦横に並んでいる。いったい何棟あるのか見当もつかないほどの広さだった。
 悪の組織の根城というには無機質ではあるが、いかにも裏取引でもしていそうなピカレスクな雰囲気を醸し出している。
 そこかしこに男が立っており、シュノーと陸に連れられている翼斗に目を向けてきた。
 どの男も、人を殺したことがあるような顔つきをしている。

「入れ」
 そこは、一番奥まったところにある、ひと際大きなガレージだった。しかし大きさ以外は、なんてことのない普通の寂れた倉庫である。
 シュノーに促されて中へ足を踏み入れる。
 すると、別の空間にワープしたような錯覚を覚えた。

 最初に目に入ったのは、天井から吊るされた大きなシャンデリア。空間の大きさに不釣り合いに大きく、派手だった。
 内装は、バロック調だかロココ調だかの中世ヨーロッパ風の様式で統一されていた。きらびやかな装飾が施された調度品や彫像が壁に沿って並び、暖炉(ガレージに暖炉!?)の上にはアラベスクのような絵画が置かれ、顔を上げると壮大な天井画が一面に広がっている。
 はっきり言って、センスの悪い貴族趣味だった。
 悪名高いREVERENCEの根城というならば、もっと退廃的で無造作か、重厚でハードボイルドな感じであるべきじゃないのか。
 敵の目を欺くとか、何かの意図があってあえてそうしているのだろうか。

 それだけでも眩暈を覚えたが、違和感だらけの光景の中で、さらにひときわ異彩を放っている人物がいた。
 入り口から向かって正面に真っ直ぐに敷かれたレッドカーペットの、一番先。少し高くなっている部分に設置された大きくて大げさな椅子に、女が座っていた。
 裾が短い着物をさらに着崩し、足を組んでこちらを見据えている。
 この内装と和服の組み合わせは、あまりに不似合いで滑稽に見えた。
 情緒のかけらもない。

「なんだそいつは」

 女が、シュノーと陸に問いかけた。
「こいつが死体を連れてふらふらしてやがったんで、連れてきた。俺が捕まえた」
「何時間もこのまま歩いてたらしい、です。話は聞いたですが、アネサンに直接聞かせた方がいい思って連れてきた、です。見つけたのは俺」
 シュノーと陸が競い合うように報告する。
「アネサンはやめな、ルウ」女が鋭い口調で陸を咎めると、続けて翼斗に向けて、
「その背中の娘、死んでんのか。なに考えてんだ、お前?」と言ってきた。

 陸がアネサンと呼んだということは、この女がREVERENCEの長だというのか。
 まるで玉座のような場所に座ってふんぞり返っている様は、確かに「ボス」という感じではある。しかし、それにしては若すぎる。せいぜい20歳前後にしか見えない。声色や醸し出す雰囲気も迫力はあるが、どこか背伸びをしているようにも見えた。

「ガキ、ボスが訊いてんだ、答えろ」シュノーが翼斗の肩を押した。
「なに考えてると言われても……なにも考えてない。なにも考えてないから、ここで今こんなことになってるわけで」
「なんだそりゃ。いいからワケを話せよ。残らず簡潔にな。あと、その前にその娘を降ろせ」
 アネサンボスにそう言われたが、翼斗は首を振った。
「こんな冷たい床に、寝かせたくない」
「ああ? だから、そのままじゃ寝かせることもできなくなるってんだろボケ」
 その言葉の意味するところが分からず戸惑っていると、後ろから陸が、
「死後硬直。死んで7時間もすると、手足固まるが始まる。ちゃんと送ってやりたいなら、寝かせておかないと、その姿勢で固まってしまう」と翻訳してくれた。
 WHDで時間を確認すると、いつの間にか正午近くになっていた。
「まだ、5時間くらいだよ。すぐに出て行くから問題ないだろ」
「出て行ってどうするつもりだ? 後先考えてもの言えよ、ガキが」
 シュノーが苛立つように言った。
 何と言われようと、翼斗はこの場に長居するつもりはなかった。たとえREVERENCEの連中が敵ではなくても、決して味方ではない。早くどこか落ち着ける場所を探して、刹那を休ませてやらなくては。そう思った。
「いいさシュノー、面倒だ。そのままでいいから話しな」
 アネサンボスのお許しをもらい、翼斗は先ほどシュノーと陸にしたのと同じ説明をした。例によって、金庫のこと、アンプルのこと、それを打った時のあの異常な感覚のことは伏せた。