GOLDEN AGE ~追跡屋TAG~

自作の連載小説をあげていきます。

004 鬼灯鹿目

 

 うちの娘、と呼ばれた少女は、男が隣にいるためか、先ほどよりは警戒を解いたようだった。
 改めて見ると、刹那とその少女が別人であることはすぐに分かった。髪の長さが違うのだ。刹那は肩下まで伸ばしていたが、その少女は肩までもないボブカットだった。切ったと言われればそれまでだが。
 しかし顔は本当にそっくりである。年齢も恐らく同じくらいだろう。
「あの、あなたが追跡屋ですか? 娘さんの件はその、謝ります。別にそういうつもりじゃなかったんですけど」
 謝りながら、その男を観察する。

 掴みどころのない男だった。
 常に相手をにらみつけているような油断のない眼差し。
 精悍だがどこか厭世的でもあり、無気力に見えるが所作には無駄がない。
 白いシャツに黒のパンツ、黒の革靴。オーソドックスな服装なのに、その男が着ていると、“色”を無益なものと断じているかのように見える。
 歳20代半ばくらいだと思うが、もっと若いかもしれないし、30を過ぎているかもしれない。
 醸し出す雰囲気は、他のこれまで下層で会ってきた人たちと比べても遜色のないほどに怪しかった。不審で、いかがわしかった。
 少なくとも年相応のそれではない……「娘」?
 男はニヤニヤしながら翼斗を見ていた。
「娘ってのは嘘でしょう」翼斗は指摘した。
 刹那に瓜二つの少女は、仮に同じ年齢だとしたら15歳。30やそこらの男の子供の年齢ではない。特別な事情でもあれば別だが。
「本気で信じたのかと思って焦ったぜ。俺はそんなに老けて見えるかね?」
「まあ、わりと」
 突然横から声が割り込んできた。声の主は少女——コヨリだった。
 男がじっとコヨリを見るが、コヨリは目を逸らす。璃々が「うん、老けてる」と追い打ちをかけた。
 思わぬ横やりを食らった男は、ため息をついて短くなった煙草をもみ消した。

「無駄話はこの辺にしとくか。聞かせろよ」
「え?」
「依頼があって来たんだろ。受けるかどうかは聞いてから判断する」

 そう言うと男は席を立ち、棚の引き出しを開けると、ガサゴソ中を探り出した。そして黒くて薄い円盤のようなものを取り出すと、テーブルの側面についている観音開きの扉を開けた。そこには丸い台が乗っていた。男は台に自分が持ってきた円盤を置くと、何かの操作をして引き出しを戻す。
 すると、少し間をおいて、テーブルから音が流れ始めた。
 クラシック曲のようだが、翼斗はクラシックを聴かないので曲名は分からない。柔らかいメロディの曲だった。
「今どきのガキはレコードなんて知らねえか」
 そう言われて、翼斗はそれがレコードという音楽再生機器であることを知った。実物を見たのは初めてだった。レコード内蔵のテーブルなんて、どこに売ってるのだろう。
「いつまでも床に転がってねえで、座れよ。そこが気に入ってんなら別にいいが」
 男に促され、翼斗は向かいの椅子に座ることにした。座布団の上に腰を下ろす。

 ぶぅっ

 椅子に体重を預けた瞬間、尻のあたりから、オナラのような音が出た。
「わっ!」反射的に飛び上がる。
「発案コヨリン、製作者わたし、名付けて芳香クッション。いい香りでしょ?」
 璃々が得意げにそう言うと、何やら芳しい香りが漂ってきた。
「……ブーブークッション?」
「違うよ。そのクッションの上に座ると内部のカプセルが破れて、香り成分が噴射される仕組みなの。お客さんを楽しませつつ、香りで癒しの空間を提供しようというおもてなし精神だよ。ちなみに今回はレモンウッドにしてみました」
 璃々は楽しそうに続けるが、ただ悪戯を楽しんでいるようにしか見えない。
「楽しいっていうか普通にびっくりしましたけど……さっきの般若といい」
「ああ、あれはね、眼鏡の裏に貼るとちょうどピントが合ってその絵が見えるようにした3Dシールだよ。本当に目の前にいるみたいで凄かったでしょ」
「いやいや、起きていきなり般若が目の前にいたら怖いですって」
「そんなもん、ちゃんと注意してればニセモンだって分かるだろ。初めての場所ではもっと緊張感を持ってだな」
 男が馬鹿にするように言いながら、次の煙草に火をつける。

 ばちっ。

 何か硬いものを弾いたような音がした。
「ごわっ!」男が反射的に飛び跳ねる。
「発案コヨリン、製作者わたし……名付けて神の雷、『ミョルニル』」
 璃々がものものしく、呪文のように呟いた。コヨリは満足げな顔をしている。
「何度か押すと電流が走るようにライターを改造しておきました。紙煙草ばっかり吸ってると健康に悪いから、これで禁煙にトライしてください。ちなみにもひとつ、『ヴァジュラ』ってのもあってね」
「煙草より健康に悪いだろうが! 人のライター勝手に改造すんじゃねえよ、ったく」
 ソファからずり落ちた状態で悪態をつくと、男はばつが悪そうに立ち上がった。
「注意してれば気付くはずでは?」と言ってみる。
「んなわけねえだろ。とっとと用件を言いやがれ」
 不機嫌そうに言いながら、男は性懲りもなく、ミョルニルで煙草に火を点けた。感電のリスクより煙草の方が大事らしい。
「わたしも聞きたいな。ちょっとコーヒー淹れてくるね」
 璃々がそう言って席を立ち、奥の部屋へと向かう。
「わたしも」と、コヨリも後をついて行った。
 ドッキリコーナーがようやくひと段落したらしい。翼斗は安堵した。

 ひとまず、コヨリという少女の件については置いておくことにした。こちらの事情を説明しないうちに騒ぎ立てたところで、取り合ってもらえないだろう。
「先に名乗っておくぜ」
 そう男は言い、名刺を指で弾いた。紙の名刺というのも、本物を見るのは初めてだ。名刺には、シンプルにデザインされた「TAG」という文字と、名前だけが書いてある。

 鬼灯鹿目。

「鬼灯さんですね。僕は柊翼斗といいます。ここには、REVERENCEの柏木さんという人に紹介されて来ました。依頼したものを何でも見つけてくれると……もしかして、鬼灯さん一人でやってるんですか?」
「俺とコヨリの共同経営ってとこだ。少数精鋭でね」
 その物言いに、少し不安を覚える。
 あの少女と二人で少数精鋭って……保険会社の言う『お客様の笑顔のために』とか、居酒屋の求人広告にある『アットホームな職場です』と同じくらいのうさん臭さがある。
 しかし信じるしかない。今打てる手は他にはないのだ。
「で、依頼は?」
 翼斗は覚悟を決め、結論から切り出すことにした。

「……妹を殺した男を、見つけ出してほしいんです」

 後から思えば、まさにこの瞬間であった。
 核の災禍による悲しみや絶望を覆い隠すかのように日本の中心に鎮座している、東京スカイポリスタワービル。
 その巨大な慰霊碑に埋もれ秘匿された謎を追跡する、長い旅が始まったのは。