GOLDEN AGE ~追跡屋TAG~

自作の連載小説をあげていきます。

中編

 

 張が向かっていた道を300メートルほど進んだところに、その家はあった。

外から見れば「家」と呼ぶのが正しい建物だが、しかし一歩中に足を踏み入れるとその表現はあまりに見当外れであった。

 中では、人相の悪い男たちが4人、慌ただしく動いていた。外に停めた軽トラックの荷台に次々と荷物を運びこんでいる。ずっしりと重量のありそうな紙袋。中身は言うまでもなく、彼らが密かに売りさばいている商品である。

 

 その時、トラックの傍で荷積みをしていた高が、駆け寄ってくる人影に気付いた。

「誰だ!」

「俺だ、張だ」

 先ほど危機を知らせてきた仲間だった。張は足を引きずっている。怪我をしているようだった。

「張、無事だったか。足どうした、やられたのか?」

「ああ、追跡屋って奴にやられた。なんとか逃げてきたが、いつここまで来るか分からない。とりあえず中に入れろ、俺が指示を出す」

「分かった」

 高に肩を担がれて張は家に入った。他の3人が張の様子を見て驚いて手を止める。

「お前ら、手を止めるな。いいか、トラックに積んだ荷物を今すぐ戻せ。一か所にまとめるんだ。奴はきっとここに来る、今から外に出るのは危険だ。ここで奴を迎え撃つ」

 張は部屋の真ん中に腰を下ろすと、痛そうに足をさすりながらそう指示した。相当手ひどくやられたらしい。

「今から戻すのか? もし大勢に踏み込まれたらすぐ見つかってしまうぞ」

「どこか狭い場所に一か所にまとめておくんだ。密閉されたところがいい。最後はその部屋だけ気にすればいいんだからな」

「なるほど……じゃあ倉庫だな。鍵もかかるしそう簡単には開けられない」

 張の指示通りに、一度積んだ荷物を降ろして倉庫に運び込む。かなりの重労働だ。

 

 すべて運び込み、へたり込んでいる張を囲むように集合する。

「終わったぞ。張、どうやって迎え撃つか指示をくれ」

「武器は何がある」

「そんなに無い。銃が1挺、あとは刃物がいくつか」

「よし、一度並べろ。配置と併せて指示を出す」

 そう指示を出す張の手を見て、高はあれっと思った。

 先ほど張からかかってきた電話では、確か指を切り落としたと言っていた。銃をまともに撃てそうにない、と。足の怪我に目がいってしまい忘れていた。

 しかし目の前に座っている張の両手には、すべての指が揃っていた。

「待て」

 仲間が銃を張の前に置こうとしたのを制止する。何かおかしい。

 それを見た張が、ニタリと笑った。

 

「バレたか。さすがに指落とすわけにゃいかなかったからな、まあしょうがねえ」

 

 追跡屋——!

 高は目の前の、張の顔をした何者かに掴みかかろうとした。しかしその手は宙を掴む。するりとすり抜けたその男は、目の前に差し出された銃を奪い取ると、しゃがんだ状態のままで回転した。

 足払い。予備動作もなしにその場で回転したくらいで、普通は大の男の足をすくうことは出来ない。それが4人ともなれば尚更である。しかし気付いたら4人がともに床に尻をついていた。まるで重機のような、物凄い足払いだった。

 男は倉庫に向かって駆け出した。

「捕まえろ! 追跡屋だ!」

 高は3人に叫び、自分も男を追った。

 しかしあと一歩のところで手が届かず、倉庫の扉が閉まった。内側から鍵をかけられたようで、びくともしない。

「扉をぶち破るぞ! 中は逃げ場がない、銃にだけ気をつけろ!」

 そうして男2人ずつ扉に体当たりをする。それほど頑丈な造りではないため、1度目でもうミシミシと音を立てている。

 

 恐らく張はやられてしまったのだろう。そしてこの短時間で張そっくりの顔に変装し、単身乗り込んできた。それに先ほどの身のこなし。

 追跡屋とはいったい、何者なんだ。

 

 倉庫の中からは何かバサバサという音が聞こえてくる。商品に何かしているようだった。末端価格で日本円にして30億にもなる量である。これ以上好き勝手をさせるわけにはいかない。

 バキッという音とともに、倉庫の扉が開いた。すかさず中に雪崩れ込み、武器を構える。撃たれる前に殺すしかない。

 しかし、男たちはそこで呆然と立ちつくした。

 倉庫の中は、真っ白だった。もうもうと白い煙が部屋中を満たしている。

 火をつけられたのかと思った。しかし火気の類は中にはないし、こんなに早く煙が充満するわけはない。

 その煙の正体は、大量に積まれていた“ジギー&スターダスト”であった。

 倉庫内のすべての袋がぶちまけられ、倉庫は悪魔の粉に包まれていた。

 思わず口と鼻に手をやり、呼吸を止める。

 男の姿は見当たらない。

 これ以上、この部屋にいることは危険だ。

 その時、後ろで扉が閉まった。

「後ろだ、外に出ろ!」

 いつの間に倉庫を出て回り込んだのか。しかしここに閉じ込められるのは非常にまずい。

 開けようとするが、ぶち破ったはずの扉は固く閉ざされている。魔法でも使ったのか。
 このままでは、4人とも薬を吸い込んでしまう。これだけの量を経口で摂取しようものなら、オーバードーズどころではない。即死だ。

「開けろ貴様! おいお前ら、ぶち破れ!」

 高は叫んだ。多少吸い込んでしまうのは仕方ない。

 扉に体当たりしようとするが、全員が狼狽えていて統制が取れず、上手く力を伝えられない。

 その時、外から声が聞こえた。

「贅沢な話じゃねえか、ご自慢の高級ドラッグに全身で浸かれるなんてよ。安全なんだろ? ゆっくり楽しめよ」

 高は背筋が凍った。こいつは悪魔だ。

「てめえらクソ売人にゃお似合いの最期だ、シャブにまみれて死にやがれ。……と言いたいところだが、ゆっくりそいつを待ってやる暇はねえんだよな。なに、こいつは依頼に含まれてねえんだが、善良な一市民としては大量のゴミを残しておくのは気が引けるから、処分しといてやるのさ。さて、いい状況だな。狭い密閉空間に大量の粉。一度やってみたかったんだ、うまくいくかね」

 ドアを叩く高たちの背後で、何かが光った。ぱち、という音。

 振り向いた高の目に、奥に積まれたビニールシートが燃え上がるのが映った。

 時限発火装置——?

 

 爆風が、4人の身体を強く叩いた。家中に轟音が響き渡る。

 音と振動が収まると、衝撃のためか、扉がゆっくりと開いた。白い煙が扉から漂い出てくる。中には、男たちがぴくりとも動かず転がっていた。

 

 扉の外に立っていた男は、中の様子を覗くと、

「意外とうまくいったな。しかしこれで終わりかよ、意外と大したことねえんだな。粉も燃え尽きるかと思ったら全然残ってるしよ」

 そう言ってつまらなそうな顔をした。

 顔からマスクを剥がす。薄い膜のような素材のあちこちに電極が取り付けられている、妙なマスクである。下から現れたのは若い男の面貌だった。精悍だがどこか諦観が漂う、捉えどころのない顔と眼差し。

 張の着ていた上着を脱ぎ棄てると、下は白シャツに黒いパンツというシンプルな出で立ちだった。男の生きるモノクロームの世界に、実によく馴染んでいた。

 そして、どこかから取り出したライターオイルの缶を開けると、床に中身をぶちまけた。

「ファイヤー」

 オイルの上にライターを落とすと、勢いよく炎が上がった。周囲の壁や家具に燃え移っていく。

 男はその様子を少し眺めていたが、飽きたようにぷいと顔を背けると、出口に向かった。

 

 出口をくぐる——くぐった瞬間、男はとっさに横に跳んだ。

 ほぼ同時に銃声が響く。

「追跡屋! お前はここで死ね!」

 二発、三発と銃弾が発射される。銃を構えているのはバイクに跨っているライダースーツの男だった。そしてその後ろに乗っているのは声の主、ディックだった。

「ディック! てめえ、馬鹿な選択したな。黙って協力すりゃ見逃してやったのによ」

 追跡屋と呼ばれた男が、塀を背にして叫ぶ。銃は家の中に置いてきていた。

「安いヒットマンでも雇ったか? 悪いことは言わねえ、やめとけよ。そいつと一緒に、うっかりてめえも殺しちまうぞ」

「黙れ、お前のせいでどのみち俺は終わりだ! そいつらの商品が残ってりゃかっさらって逃げることもできたんだ、ぜんぶダメにしてくれやがって!」

 

 背後の家の中では火の勢いが増している。

 男は軽い身のこなしで塀を乗り越えて軽トラックの前に下りた。ディックたちが撃ってくるが、車体ごしのため当たらない。

 急いでトラックに乗り込むと、幸運なことに旧型のスタートシステムで、キーがかかっている。

「木依、お次は逃げる番らしい。ナビ頼むぜ」

 耳に仕込んだスピーカーマイクにそう呟くと、

『りょうかい、任せて』と少女の声が返ってきた。

 エンジンをかけ、急発進する。

「追え!」ディックが自分の雇ったヒットマンに指示を出すと、二人乗りのバイクも急発進してトラックを追いかける。