GOLDEN AGE ~追跡屋TAG~

自作の連載小説をあげていきます。

006 依頼②

 

「父が最後に言ったんです、『中身はいざという時まで使うな』って。それってもしかして、いざという時は使えって意味だったのかなと思って。それにあの時は他に方法もなかったし、どうせ捕まるならと……」
 自分で言っていて、あの時は本当にどうかしていたと、つくづく思う。
 あんなことをしなければ、あるいは。
「俺だったら自殺用の毒薬かと疑うがな。で、それで超能力が目覚めたってか?」
 鬼灯は茶化すようなことを言ったが、あながち外れてもいなかったので、翼斗はそれからの展開を説明した。
 色視について説明すると、璃々が「それって共感覚ってやつじゃない?」と言った。
共感覚?」
「うん、前にネットで見ただけなんだけどね。シナスタジアともいうんだっけ。芸術家とかに多いらしくて、たとえば数字を見て色を連想するとか、音楽を聞いて風景を思い浮かべるとか。五感の神経って普通はそれぞれ経路が分かれてるんだけど、共感覚を持ってる人はそれが繋がってて、そういう現象が起こるんだって」
 共感覚という言葉は翼斗も初耳だった。
 璃々の話は、翼斗が色を視る現象とかなり近いように思える。しかし脳科学者である父と母なら当然知っていたはずだが、そんなことを言われたことはなかった。
「で、その共感覚とやらが、アンプルを打ったら強まった、と?」
 鬼灯が如何わしいものを見る顔で翼斗を見て言う。
「まあ、そうです。その時は色だけじゃなくて、相手の考えが直感的に分かったんです。相手が本気で弾を当てるつもりなのか、どこを狙っているのか、いつ引き金を引くのか」
 ほお、と鬼灯が煙を吐き出す。
「今もまだその、ビンビンの状態なのか?」
「ビンビンって……あの時ほどじゃないですけど、集中すれば同じようなことが出来ると思います。少なくとも鬼灯さん、あなたに信じてもらえる程度のことなら」
「あん?」鬼灯が眉をひそめる。
 鬼灯は明らかに信じていなかった。極限状態に陥った人間が幻覚を見た、くらいに思っているに違いない。ならば信じさせてやるしかない。
「たとえば最初、璃々さんやコヨリさんに会った時はオレンジ色が強く見えました。オレンジは警戒を表す色です。でもイタズラする時は黄色が強くなりました。黄色は好奇心とか期待とか、そういう色です」
 おお、と璃々とコヨリが色めき立つ。
「そんなもん、後付けでいくらでも言えるだろうが」
「それが鬼灯さん、あなたにはほとんど色が視えないんですよ。まるで感情を殺してるみたいにね。でもさっき、イツキの話が出た時に濃い赤色が視えました。とても強い怒りの色です。あなたは無表情でしたけど、内心ではイツキに対して怒りの感情を抱いていた。違いますか」
 鬼灯の顔色が変わった。警戒のオレンジ色だ。
 ここで畳みかける。
「……なるほどな。色については分かった。しかし先読みってのは」
「煙草」
 鬼灯が煙草を取り出そうと手を動かすのと同時に翼斗が短く呟くと、驚いたように手を止め、「ちっ」と小さく舌打ちをした。
 璃々がおおー、と手品でも見たように拍手をしている。
 鬼灯は頭をポリポリ掻いていたが、翼斗に向き直ると、
「もういい、分かった。もう読むんじゃねえぞ。依頼は受けてやる」そう言った。
 上手くいった。翼斗は内心ガッツポーズをする。正直、まだ相手の思考を読めるかは未知数だったのだが、賭けに勝った。
「えー、もっと聞きたい。カナメ、読まれたらまずいことでも考えてるの?」と璃々が冷やかす。
「ああ、たとえばお前の今日の下着の色を予想したりとかな。どうせ色気のねえ白だろうって思ってたのを読まれたら面倒だ。で、依頼の件だが」
 璃々のパンチをかわしながら鬼灯は続ける。
「柏木のオッサンに聞いたなら分かってると思うが、うちの仕事は『依頼の品を見つける』ことだ。今回でいえば、その男に関する情報を手に入れること。そいつを捕まえるまでは含まれねえ」
「ええ、それで大丈夫です」是非もなかった。
「よし。じゃあ依頼内容は、柊翼斗の妹を殺害した実行犯の特定および依頼元の調査ってところか。期限はまあ、三日でいいだろ」
 翼斗はほっと息をついた。
 って。
「三日!?」
 うっかり聞き逃すところだった。手がかりもろくに無い状態で、そんなスピード解決ができるとは思えない。
「こういうのは、時間かけりゃいいってもんじゃねえ。どんな仕事だってそうだろうが。できる奴ほど期限設定がシビアで、その通りに実行する。それとも三日じゃ遅いってか?」
 ものすごい自信である。しかし鬼灯は本気でそう言っており、そして不思議な説得力があった。
「いえ、そんなに早く結果が出るなら、ありがたいです。ただ……」翼斗は言い淀む。
「ああ、依頼料だろ。これからその話をする」
 そう。先立つものは金である。それは地上も下層も変わらない。
 一応、家にあった少しばかりの現金は持ってきたが、このような危ない仕事の報酬金額としては手付金にもならない額だった。WHDを捨ててしまった以上、クレジットで支払うのも難しい。
 だから翼斗は、たとえばここで下働きをするとか、そういう原始的な方法で支払うしかないと考えていた。無茶だということは重々承知だが、それでも何とか説得するしかないと、覚悟を決めていた。
「お前の生涯年収の半分。一億五千万でいい」
「ぷえっ」変な声が出た。
 無理すぎる。
「やめなさいよもう」と璃々が鬼灯に突っ込む。「ヨックンがそんなに稼げる保証はないでしょ」
 違う、その突っ込みは何か違う。というかヨックンって誰。
「しょうがねえな」と鬼灯が再提示した依頼料には、最初少し拍子抜けというか、え、そんなんでいいの?という感想を抱いた。
「そのアンプルを渡せ。別に使ったり売り飛ばそうってわけじゃねえ、中身をちょっと借りるだけだ」
「え? 借りるって……それはいいですけど、どうするつもりですか?」
 こんなものどうしようというのだろう。
「匂うんだよ。別に異臭がするって意味じゃねえぞ。まあ何だ、それに関しちゃこっちの事情だよ。それにお前、金なんて持ってないだろうが。まさか働いて返すとか言うつもりじゃねえよな」
 だとしたらかなり気合の入った馬鹿だぜ、と笑う。馬鹿とは失敬な。
 アンプルの入った金庫ごと鬼灯に渡す。
 唯一残された手がかりではあるが、ここまで来て彼らを疑う気にはなれなかった。
 レコードはいつの間にか止まっていた。
「本当に、これだけでいいんですか? あの男を見つけてくれるんですか?」
 最後の確認をする。
「ああ。契約成立だ」
 よかった。
 これでようやく反転攻勢に出れる。前に、進める。