GOLDEN AGE ~追跡屋TAG~

自作の連載小説をあげていきます。

022 別れ 【第一章 完】

 ——弔う。

 そんな言葉は、自分には縁遠いものだと思っていた。
 いや、実際に昨日まではそうだったのだろう。
 朝食を作り、両親を見送って、妹と学校へ行き、クラスメートと雑談し、夕食の買い出しをして、だらだらと時間を潰して、なんとなく眠りにつく。
 そんな怠惰で平凡でかけがえのない日々。
 ……かけがえがないことにすら、気付いていなかった。

 翼斗は墓地に来ていた。
 墓地といっても、寺や教会、霊園などが管理運営するようなちゃんとしたものではない。アンダープレートの外壁の一部をくり抜いて作られた、共同墓地だった。下のフロアには火葬場もある。
 広大なスペースのあちこちに盛り土がされており、墓石の代わりに大きな石や板を張り合わせた十字架などが置かれていた。下層で亡くなった者たちの、終の棲家である。
 その中の一部のスペースを借りることにした。
 費用は柏木が用立ててくれた。墓地とはいっても儀式や手続きは一切なく、埋葬すら自分の手で行うということだった。こんな日の当たらない地中深くには、神の威光も届かないのだろうか。
 出来るだけ見晴しのよい場所を選んだ。墓地は高台にあったので、絶景ではないにしても、下層の景色がよく見渡せた。

 本当は、すべてが解決した後に、両親の分と一緒にちゃんとした供養をしてやりたかった。しかしそれは当面、叶わないらしい。
 この後の身の振り方について柏木に訊かれ、少し考えてから「警察へ行く」という選択肢を示した翼斗に対し、「絶対にダメだ」と言われたのだ。

『君の身の安全を警察が守ってくれるわけではない。メディアに嗅ぎつけられる可能性もある。警察が敵を捕まえるより君が捕まる方が早いだろう』
 そう柏木は言った。

 後から知った話では、この柏木——柏木冬衛(かしわぎとうえ)と名乗った——は、REVERENCEの先代であるとともに、創始者でもあった。
 今から13年前、下層の裏社会の顔役だった柏木が、反政府組織としてのREVERENCEを設立。社会に不満を抱く者たちを中心に構成員を増やし、勢力を拡大していったということらしい。
 最終的に国も手を焼くほどの存在になったのだから、その手腕はかなりのものだろう。
 それほどの人物と翼斗の両親の間にどのような関係があるのかについては、結局教えてもらえなかった。

 彼はこうも言った。

『せっかく永らえた命を無駄にしたくないのなら、地上に戻ってはいけない。至るところに監視のネットワークが張り巡らされている。下層に留まり、身を隠すことがまずは最優先だ』
『そのまま逃げてもいい。しかしその場合は、一生逃げ続けることを覚悟しなければならない。逃げることは、捕まることでしか終われないからだ』
『もし君が決着を望むなら、こちらから敵を見つけ出して、叩きつぶすしかない』
『泣いて許しを請う相手の頭を踏みにじってやれ』
『笑いながら崖から蹴り落としてやれ』
『それを可能にする方法を、一つだけ教えてやる』

 信じていいのかも分からない。
 やはり上に戻って警察に駆け込んだ方がいいんじゃないかという気もする。
 しかし翼斗はそうしなかったし、恐らくこの後も、そうしないだろう。

 REVERENCEからここに来るまでは、シュノーと陸が送ってくれた。
 シュノーは面倒そうな顔をしていたし翼斗も固辞したのだが、一人で刹那を背負いながらあの界隈を歩くのは危険とのことで、柏木が二人に指示したのだった。
 墓地の入り口で二人と別れる時、言葉を交わしたのを思い出す。
「陸さん、ありがとうございました。この辺で大丈夫です」
「礼はいい。次に会うとき10万よこせ、です」
「おい、俺に礼はねえのか」
「あんたは嫌いだ」「殺すぞガキ」
 もうその面見せんなよ、と憎まれ口をたたいてシュノーは去っていった。陸は何も言わなかったが、翼斗を心配そうに見ていたのが印象に残った。
 あの二人は、きっとREVERENCEでもそれなりの地位なのだろう。なんとなく、風神雷神像が思い浮かんだ。REVERENCEの風神と雷神。

 ざくっ、ざくっ。
 シャベルで土をかき出す。これくらいで十分だろう。
 翼斗は刹那の骨が納まった小さな箱をゆっくりと持ち上げると、穴にそっと降ろす。
 柏木は埋葬も手伝おうかと言ってくれたが、翼斗はその申し出を断った。
 刹那の最期のお願いを、翼斗は聞いてあげることができなかった。
 今となっては、これくらいしかしてやれることもない。

 ——ごめん、刹那。やっぱりまだ笑えない。

 穴に土をかぶせ、シャベルで叩いて固める。
 十字の形に打ち付けられた木の板を、奥側の地面に刺す。安っぽい十字架だった。
 交差している部分に花の形をしたネックレスをかけ、突端にニット帽をかぶせる。
「また来るからな」
 そう言って翼斗はその場を後にした。これ以上いると、余計なことを考えて動けなくなってしまいそうだった。

 当面の目的は出来た。柏木からもらったメモを開く。
 そこには、地図らしきものが描かれていた。
 小学生の落書きのような稚拙な図だった。わざとじゃないかというくらい読みにくいその地図の真ん中に、星マークがついていた。

 その地図を翼斗に渡す時、柏木は言った。
『ウサギを追うライオンは、自分がハンターに狙われてることに気付かないものだ。追われているなら、その状況を利用すればいい』
『お前が捕まえるんだ』
『こいつらが、きっと助けになってくれる』

 その星マークの横には、こう書かれていた。

「追跡屋 TAG」


第一章 完