GOLDEN AGE ~追跡屋TAG~

自作の連載小説をあげていきます。

014 兄妹の逃走劇 ③搬入ターミナル

 

 搬入ターミナルは、運搬用のドローンやトラックで溢れかえっていた。
 地下の倉庫や工場に搬入される荷物はここで仕分けされ、トンネルを抜けて貨物用エレベータで地下へ運ばれる。
 現場を仕切っている作業員も何名かいるにはいるが、ほとんどすべての機械が自動で動いている様は壮観だった。

 時刻は6時50分過ぎ。ここまでの間に追っ手の気配はなかった。
 ここまでは順調だ。
 電動自転車とはいえ3時間近くもペダルを漕ぎっぱなしなので、全身の疲労感はすでに相当なものだったが、ここで気を抜くわけにはいかない。

 

「さて、どうやって入り込むか」

 翼斗と刹那は、隣接する駐車場の壁に上って、搬入ターミナルの全景を見渡していた。
 地下へと続くトンネルの出入り口には無人ゲートがあり、その手前の建物をすべての輸送車両が通過する構造になっていた。建物内で荷物の検査を行っているらしい。

「あの手前の建物内は監視の目もあるし、貨物のチェックもしてるだろうから、その前に貨物内に隠れても見つかるな。建物を出てからゲートまでの間に車両に乗り込むしかないか。刹那はどう思う?」
 翼斗は刹那に意見を求めた。
「うーん。あのお兄さんに頼んでみるってのは?」そう言って違う方向を指さす。
「え?」
 そちらに目をやると、検査棟とゲートの間にある道路を、一人の青年がフォークリフトを運転してゲートへ向かっているのが見えた。
「あれか……さすがにそれは、どうなんだ?」
 恐らくただの作業員であろうその青年は、素朴で善良そうに見える。しかしだからといって、子供が急に「下層に行きたいので乗せてください」などと頼んできたら、十中八九警戒されてしまうだろう。
 とはいえ、ここまで刹那の発想に助けられてきたのも事実である。それにたとえ警戒されたところで、すぐに通報されるわけではないだろう。
「よし、採用。走るぞ刹那」
 翼斗はその青年の運転するフォークリフトに向かい駆けだした。
「えっほんとに行くの!?」
 刹那が慌てて追ってくる。

 

 ゲートの直前でフォークリフトに追いついた翼斗は、青年を呼び止めて事情を説明した。
 もちろん詳しい事情は伏せて、下層に用があるのだが行けなくて困っている、とだけ伝える。

「うん、いいよ別に。じゃあ後ろに乗りなよ」

 青年は拍子抜けするほどあっさりと引き受けてくれた。変わり者なのか、あるいはこうやって中に入ろうする人間は意外と多いのだろうか。
 見たところ、いたって普通の作業員という風だった。服は搬入ターミナル作業員の制服であるカーキ色の作業着と、作業帽をかぶっている。その温和そうな顔から、特に敵意や悪意のような色は見えなかった。
「ありがとうございます、助かります」
 礼を言うと、青年は手のひらをヒラヒラさせた。気にするな、というジェスチャーだ。

 刹那を先に貨物部分のスペースに乗せ、続いて翼斗も乗り込む。

 いきなり当たりだ。いい人で良かった。
 この調子なら、無駄なリスクを冒さずに下層までたどり着けそうだ。
 兄として少し情けない感じもしたが、今日は刹那の意見になるべく従うのがいいのかもしれない。非常事態では常識にとらわれない意見が有効だったりするのだ。
 刹那はというと、先ほどまでの緊張感はどこへやら、冒険じみた経験をしているのが楽しいのか、上気した顔をしてキョロキョロと辺りを見回している。
「やっぱり現実はリアルだねー」などと意味が分からないことを言いながら。

 

 青年がパスを掲げるとゲートが開き、フォークリフトは無事にゲートを通過した。
 トンネルに入ると、急に肌を触る空気がひんやりとして、思わず肩をすくめる。
 そういえば、下層の気温はどうなっているのだろう。そんなことを考えてしまうのは気が緩んできた証拠だろうか。
 もう一度後ろを振り返るが、特に怪しいものは見当たらない。

「僕はこのトンネルを抜けたところにある貨物用エレベータで降りてそのまま倉庫に向かうけど、君たちはどうする?」
 そう青年が尋ねてきた。
「下に着いたところで降ろしてもらえればそれで大丈夫です。あと、よければ教えてもらえると有難いんですけど、下ってどういう感じなんですか? 実は二人とも行くのが初めてで」
 せっかくなので、下層に着くまでの間にこの青年から情報を集めることにした。
「おお、初めてかい。君たちがどういう目的で下に行きたいのか興味があるね。そうだな、下は色々と悪い噂があるけど、行ってはいけない場所にだけ気を付けてればそれほど危険はないよ」
 青年は朗らかに笑いながら答えた。
「行ってはいけない場所って、どこですか?」
「まず、北側と東側には足を踏み入れないこと。内側の方はまだいいけど、奥に行くと大変だ。REVERENCEの縄張りだからね」

 

 REVERENCE。その名は翼斗も聞いたことがあった。
 日本語で「崇敬」を意味するその組織は、アンダープレートを実効支配し、下層の再開発に抵抗している結社……いわゆるヤクザである。
 戦前から活動していた過激派左翼の集まりとも、ただの荒くれ集団とも聞く。とにかく、下層に行くにあたり、もっとも警戒すべき対象であることは間違いない。

「北側と東側がREVERENCEの縄張りってことですね。ちなみに南側と西側には何が?」
「倉庫とか発電所とか下水処理場とかの施設と、あとはそこで働く人たちの住居やホテルが多いね。そっちは比較的治安もいいし、区画も整理されてるから分かりやすい。北から東にかけては、ほぼ迷路だからね」
 それを聞いて翼斗は安心した。
 家を出る時に現金を持ち出してきていたため、それなりにまとまった金はある。治安のいい地域の安宿にでもしばらく身を置けば大丈夫そうだ。
「有難うございます、助かりました」
「なに、僕も楽しんでいるから気にしないでよ。こんな経験はなかなか無いからね」
 事情を詮索もせずにここまで親切にしてくれるとは、本当に気のいい人だ。