GOLDEN AGE ~追跡屋TAG~

自作の連載小説をあげていきます。

008 大地下アンダープレート

「お前なあ、下層がどんな場所か知ってて言ってるのか?」
 須藤が呆れた様子で言う。
「何を言う、知らないからこそ行くんじゃないか!」
「もっともらしいことを言うんじゃないよ。出入り禁止になってることにはちゃんと理由があるんだ。そんなことも知らずに忍び込もうとするなんて自殺行為だっての」
「須藤、下層に詳しいのか?」
 翼斗も聞きかじった程度の知識しか持っていなかったため、須藤の話に興味があった。
 私も聞きたーい、と久野が言う。

「いや、俺もそこまで詳しくはないんだけど。知ってる範囲で話すとだな。
 まず、なんで下層が危険視されてるか? その理由を理解するためには、アンダープレート建設の経緯を見ていく必要がある。

 地下都市の開発を進める上で、もっとも難しい課題は何だったと思う? 土地の権利関係の整理だよ。土地ってのは、地上も地下も含めて色んな権利が複雑に絡んでいるものなんだ。まあ、当時は戦争で資産価値が大きく下落していたみたいだし、土地買い取りの提案に応じる地権者もいたらしいが、やはり難色を示す地権者の方が多かったんだ。

 そこでfour-leavesはこんなことを考えた。地下都市建設の目的の一つに、戦争被害者の救済を掲げればいいってな。家族や住居を失った人たちのための仮設住宅を地下に建てて、無償で提供することを計画に盛り込んだんだ。

 そうすると、当時の世論的には地権者たちも逆らいにくかったんだろうな。他の搦め手ももちろん使ったんだろうが、ほとんどの土地は無事に買収ができた。そうそう、確か大深度地下使用法の改正っていう後押しもあったはずだ」

 

 須藤の講釈を、全員がうんうんと頷きながら拝聴する。

 

「ここまでは順調だった。計算外が起きたのはその後だよ。

 地下空間は、実際に利用するスペースよりも広く掘られたんだよ。一度完成した後に拡張することが構造的に難しかったから、あらかじめ余分に掘っておこうってことだな。
 まずは中心部分に地上に向かう中央エレベータを作った。次に、その付近に施設や住居が建築されていった。中央部分から埋まっていったから、工事完了後も、円の外側には空いている土地が多くあった。
 そこが付け込まれた。空いてるスペースに、許可なく居を構える人間が出てきたんだ。
 そのほとんどは、海外からの難民とか、生活苦で地上に住めなくなった貧困層だった。
 そして彼らが着々と勢力を伸ばす間、four-leavesや行政機関は有効な対策が取れなかった。地上の復興に人手や予算を取られていたことと、下層の土地利用に関する手続きや監督機関の整備が間に合っていなかったことが災いしたってところかな。
 建物ががん細胞みたいに増殖していって、さらにそれら人たちを相手に商売をする人間がやって来て店を構える。それを繰り返すうちに路地が複雑に入り組んで、地下迷宮が作られていったわけだ。それこそ糸玉でも転がさない限り、迷い込んだ者が自力で脱出することは難しいとか言われてる。

 そしてアウトローたちがこれに目を付けた。光の届かない場所の常だろうな。
 無法者たちが少しずつ住み着いて、縄張りを広げていった。あとはごく自然な流れとして、無秩序から独自の秩序が生まれていって、国ですら全容を把握できないアンタッチャブルなデンジャラスゾーンが完成したってわけだ。

 インフラ施設の並ぶ区域以外の大部分は、ほとんど魔窟だよ。スカイタワーとアンダープレートを天国と地獄にたとえる社会学者とか、スカイタワーを平和の象徴ではなく格差社会の象徴だと訴える政治団体もいるほどだ。

 今もfour-leavesが中心になって再開発計画が進められてるけど、これに反対する結社が強硬に反対していて、国も手をこまねいている状態らしいぜ」

 

 説明を聞き終えて、翼斗は感心した。須藤は本当にもの知りだ。ただ知っているだけでなく、しっかり本質を捉えている。
 そして、その説明のおかげで再認識した。

 そんな場所には絶対に行きたくない。しかし児玉はなぜか嬉しそうにしていた。

「ってことは、やっぱりイツキがいる可能性が高いってことじゃん!」
「いや、なんでイツキが下層にいるから行ってみようって話になるんだよ。話を聞いてたのか? ただでさえ治安悪いってのに、イツキじゃなくても変な奴に絡まれたらやばいだろ」

 翼斗が反対した。

「四人もいりゃ大丈夫だよ! イツキが出ても上下左右から囲めるだろ。それに下層ってみんな栄養足りてなくてガリガリらしいから、喧嘩になっても勝てるって!」

 それを言うなら前後左右ね、と久野が突っ込む。

「めちゃくちゃ言うなお前……だから、喧嘩になるのがやばいんだよ。向こうはナイフとか刀とか持ってるかもしれないだろ」

「というか児玉、いざとなったら真っ先に逃げそうだよね」

 翼斗に続いて、久野が毒舌を発揮しながら加わる。

「そんなことねーよ。一度行ってみるくらい別にいいだろ? そんな危ないところまでは行かないし、ちょびっと見学して帰ってくるだけだよ。何事も社会勉強だよ」

 児玉は食い下がる。
 要するに児玉は、イツキを口実に下層を探検してみたいだけなのだ。

「でも、そもそも入れないんじゃないか? パスを持ってないと中央エレベータ乗れないし、入り口で止められて終わりだろ」と、須藤が別の切り口から攻め込む。

「そこも抜かりないぜ! 中央エレベータを使わなくても、他にもいくつか入り口があるんだよ。貨物用エレベータとか非常用階段とか。だからさ、今夜あたり試しに」

「ダメだっつーの」「やだ」「無理」「アホ」

 

 健闘空しく、児玉の下層探検計画は反対多数により廃案となった。
 ちなみに2票を投じたのは久野だ。